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済生春秋

第54回 転倒の瞬間

 あっと思った。その瞬間、顔を路面にしたたかぶつけた。高さ1センチもない道路の小さな突起に足を取られた。
 転倒する瞬間は、スローモーションのように覚えている。
 大きな自動車事故に遭った人から聞いたことがある。事故が起こる直前に言葉で表現できない時間の空白を感じたという。悪魔の瞬間というのだろうか。動物としての人間の本能が、察知するのかも知れない。
 私もその瞬間、嫌な感覚が走った。

 7月上旬、ジョギング中のことである。夜10時ごろで街灯がなく、暗く、路面は見えない。向こうから女性が走ってきたので、左方向に避けた時だった。
 顔から倒れ、頬から出血し、足も強打した。女性は、「頭は、大丈夫ですか」と心配してくれた。私は、すぐに立ち上がり、「何もないですよ」と走り去った。

 その日は、日中は仕事が忙しく、「少し疲れているな」と感じていた。しかし夜9時からの40分間のジョギングの習慣は、6年間、継続している。走らないと気持ちが悪い。事実、走り始めると疲れは感じず、快調だったが、残り100メートルのところで転倒してしまった。
 やはり年齢である。インナーマッスルが衰え、体のバランスが悪くなった。これまですでに2回転倒している。

 早朝走る人が多い。清々しい空気のもとで走るのは気持ちが良い。しかし、医学的には夜の方がいいが、危険がいっぱい潜んでいる。
 都心は人通りがあるので、犯罪の心配はないが、一番危険なのは、無灯火の自転車である。暗闇の中から突然、飛び出してくる。はっとすることが何度もあった。自転車側は、平然と過ぎていく。今は危ない場所は、マークして、十分に注意している。
 次に危ないのは、犬の散歩だ。人は、分かるが、リードにつながれた犬が離れていたりすると、暗くて犬やリードに気づかない。思わず犬を踏みつけそうになったり、リードに足を取られそうになる。最近、犬に発光体を付けているのを見ると、ほっとする。
 私が利用しているジョギングコースは、反時計回りとされている。しかし、黒い服装で猛スピードで逆走してくる若者に暗闇の中で出会うと、びっくりする。

 夜のジョギングは、危険がいっぱいである。それでもいつも頭の片隅に何か起こるかもしれないと防御体制を取りつつ、懲りもしないで走り続けている。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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