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済生春秋

第55回 旅の残照

 若いころの旅は、いつもこんな風だった。

 お金がなかったので、最小限の荷物を持って費用を掛けず、安い宿泊施設や交通方法を選んだ。
 外国での旅もゲストハウス、BアンドBなど安い宿泊施設に泊まった。45年前も、ヨーロッパのホテルは途方もなく高かったが、このような施設は通常のホテルの半額以下だった。
 大金を所持しない私にとって、当時のヨーロッパの国は、アメリカに比べどこも安心できた。料金が安くても、宿泊施設は、家族的で心地良かった。旅路の若者は、答のない社会や人生の問題を考え込んでいるようだった。
 世界は、公民権運動、障害者自立運動、ベトナム戦争などを経て激変していた時代だった。そのような時代の息吹を身体全体で吸収した。

 今年8月初め、イタリア・トリエステに出張した。アドリア海に面するトリエステは、人口20万人の地方都市である。ヨーロッパの歴史の激流に翻弄され、第1次世界大戦までオーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあった。

 現地の訪問先が紹介してくれたホテルに宿泊した。国際観光都市にしては1泊朝食込みで5,000円という格安で、おかしいとは思った。「中心地から離れているからか」と出発前は想像した。
 深夜12時過ぎにホテルに到着、フロントは2階だったので、建物の外に付設された狭い階段を重いスーツケースを持って上がった。フロントというよりもカウンターと言うべきだろう。普段着の髭(ひげ)むじゃの中年男性が待っていた。
 イタリアの夏は暑いが、冷房はなく、天井に大きな扇風機が回る。映画『カサブランカ』を思い出した。鍵は、オートロック一つだけで、私でも開けられそうな構造だ。眠るときは、ドアをスーツケースで内側からガードした。
 朝食はパンやハムなどだけだが、コーヒーはおいしかった。世話をしてくれる従業員は、50歳を過ぎた女性が一人だけだったが、愛想は良かった。

 45年前の若いころにタイムスリップしたような旅だった。
 今回の出張では、イタリアではすべての精神疾患患者は、精神科病院から退院し、地域で一人の人間として誇りを持って暮らしていることが確認できた。
 そうだ、これこそ私が青春時代から50年間、追い求めてきたものだ。



炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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