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済生春秋

第59回 穏やかな正月三が日

 東京の元旦から休みの3日間は、気持ちよく晴れていた。用務はなく、のんびりと過ごした。何もない正月三が日を過ごしたのは、何年ぶりだろうか。
 
 一昨年まで母が富山県高岡市の介護施設に7年間、入所していたので、正月休みには、家族で市内のホテルに滞在して見舞いに訪れた。
 施設の入所者のほとんどは、正月を家族と家で過ごす。帰るところのない母が、ひとり施設に残されては寂しいだろうと思ったからだ。
 北陸に向かう年末の電車は、大変混雑した。そのうえ降雪で遅延することが、珍しくなく、北陸新幹線が開通するまでは、列車の乗り継ぎが予約したとおりにいかなかった。
 母は、口では「忙しいのだから、わざわざ来なくても」と90歳を過ぎても気を使ったが、表情は、うれしそうだった。

 今年の元旦は多摩川沿いを散歩した。テレビで東京都世田谷区から富士山の姿を実況中継していたので、多摩川の堤防上からも見えるに違いないと期待した。
 多摩川沿いは、散歩道が整備されている。50代の時は、週末の半日、健康のためウオーキングすることが習慣だった。水質汚濁に悩んだ多摩川は、清浄さを回復、水生生物は豊かになった。ゆったり流れる川を見ながら20キロを歩くことは、楽しかった。
 60代には、休日の大半は仕事が入ったので、ほとんど休みのない日々が続き、ウオーキングから遠ざかった。

 多摩川沿いを歩くのは、10年ぶりだ。期待した富士山は、地平近くに雲が立ち込め、見えなかった。
 多摩川の自然は、変わっていなかった。発展する東京周縁でありながらマンションなどの高い建物は増えていない。
 元日の午後だが、散歩やジョギングをする人がかなりいた。犬を連れている人が減少したことが、大きな変化だ。戌年(いぬどし)としては、寂しい。
 高齢の夫婦が、語り合いながら歩いていた。近くの共同住宅の居住者が高齢化したのだろうか。
 日本の正月を楽しむ外国人が、ちらほら見られることも新しい変化だ。日本社会は、グローバル化した。

 穏やかな三が日の中に、いろいろな変化を感じ取った。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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