社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

2015.09.16

馬尾(ばび)症候群

Cauda Equina Syndrome

解説:吉岡 誠 (滋賀県病院 副院長)

馬尾症候群はこんな病気

脊椎にはパイプ状の神経の通り道(脊柱管)があり、その中には1本の脊髄と脊髄から分岐した31対の脊髄神経根が内包されています。脊柱管内の脊髄は、第1~2腰椎の高さで終わり、脊髄の下端から下肢へ延びていく脊髄神経根はしばらく脊柱管内を走行した後、それぞれの高さから分岐します。この腰仙部の脊髄神経根の束は馬の尾っぽに似ていることから、馬尾と呼ばれています。

馬尾の解剖図(腰仙部の硬膜管の内部を背側から見たところ)
馬尾の解剖図(腰仙部の硬膜管の内部を背側から見たところ)

何らかの原因により馬尾全体が圧迫されて生じる重篤な神経症状(腰痛や下肢の神経痛・しびれなどの感覚障害、下肢の運動麻痺、尿閉や尿・便失禁、性機能障害など)を馬尾症候群といいます。主な原因には、巨大な椎間板ヘルニアや高度の腰部脊柱管狭窄症、脊髄・脊椎の腫瘍、硬膜外血腫(硬膜と脊柱管の間の血腫)や細菌の感染(化膿性椎間板炎や膿瘍)、外傷による損傷などがあります。

馬尾症候群の原疾患とそのMRI画像
馬尾症候群の原疾患とそのMRI画像

馬尾症候群の診断

馬尾症候群の診断は、問診(強い腰下肢痛がある、下肢の感覚が鈍い、足の力が弱い、尿が出ない)と、神経学的検査(筋力テスト、知覚テスト)および膀胱機能検査で診断します。さらに、レントゲン撮影、MRIなど画像検査を行えば、診断は比較的容易です。
原因として膿瘍や転移性腫瘍が疑われる場合には、血液検査や内臓疾患の有無を調べます。

馬尾症候群の治療

馬尾症候群の診断が確定すれば、迅速な治療が必要です。馬尾の腫れを減らすために、ステロイド薬が投与されることがあります。圧迫を軽減する手術はできるだけ早く行わなければなりません。特に、急性に発症した腰椎椎間板ヘルニアや硬膜外血腫、脊椎破裂骨折などが原因の馬尾症候群は、24時間経過すると神経症状の回復が不良とされていますので、緊急手術の対象となります。一方、感染や血液・内臓疾患がその原因であれば、並行して原因となった疾患の治療を行います。

早期発見のポイント

馬尾症候群は、下肢の神経症状と直腸膀胱障害を引き起こす疾患群であり、原因となる病気とその特徴には以下のようなものが挙げられます。

1 腰椎椎間板ヘルニア
腰痛と片側の下肢痛が出現し、運動や労働によって増悪、安静で軽快する傾向がありますが、大きな正中ヘルニアでは両下肢の高度な感覚麻痺と運動麻痺、そして尿漏れ、残尿、尿閉などが急速に生じることがあります。

2 腰部脊柱管狭窄症
間欠性跛行(しばらく歩いていると下肢がしびれて歩けなくなり、休むとまた歩行できるようになる)が特徴的で、進行すると下肢の力が落ちたり、肛門周囲のほてり、排尿障害が出現します。

3 脊髄・脊椎の腫瘍
脊髄神経に発生した腫瘍では軽い腰痛と下肢のしびれ感が出現し、比較的長い経過をたどって尿漏れが生じたり、男性であれば勃起障害などが出現します。
一方、内臓の悪性腫瘍が脊椎骨に転移浸潤したり病的骨折を生じた場合には急性に発症することも多く、馬尾症候群が発症して初めてがんの存在が判明することもまれではありません。

4 硬膜外血腫
急性に発症する激烈な腰下肢痛が特徴で、多くの場合原因は不明ですが、血液の病気(血液凝固因子の欠乏など)が隠れていることがあります。また、脊椎麻酔の後に硬膜外血腫が生じることもあり、脳梗塞の後に血液を固まりにくくする薬(バイアスピリンなど)を服用している人は注意が必要です。

5 細菌の感染
細菌の感染による馬尾症候群では、腰痛と発熱が先行し、次第に下肢の麻痺症状と排尿障害が出現するパターンが特徴的で、糖尿病のある人や高齢者など体力の弱い人に発症しやすい傾向があります。

6 外傷による損傷
高所からの転落などの高エネルギーによる脊椎の外傷では、破裂した骨片により馬尾が損傷されますが、高齢者では骨粗鬆症により軽微な転倒によっても脊椎骨が骨折し、急性または緩徐に下肢麻痺と排尿排便障害が出現することがあります。

このように、腰に痛みや違和感がある、下肢にしびれを感じる、尿が出にくい、尿漏れがあるなどの徴候があれば、馬尾症候群の恐れがありますので、早期に総合内科または整形外科を受診することをおすすめします。

予防の基礎知識

馬尾症候群の原因疾患は多種多様であるため、それぞれの特徴を理解しておくことが大切です。
おもな予防法は、以下の通りです。

1 悪い姿勢での動作や作業、喫煙などで腰椎椎間板ヘルニアが起こりやすくなることが知られています。腰椎ヘルニアや脊柱管狭窄症は加齢に伴うものですが、日常生活で良い姿勢を保つよう心掛けること、また適度な運動により体幹の筋力を鍛えること、そして喫煙者は禁煙を実行することが脊椎の老化予防につながります。

2 定期的に健康診断(血液検査、画像診断)を受けることで、馬尾症候群を引き起こす可能性のある内臓の病気の早期発見、早期治療が可能となります。

3 60歳以上の高齢者で、特に女性は3人にひとりが骨粗鬆症になっているとされています。そのため、腰痛がなくても医療機関で骨密度検査を受け、骨粗鬆症が判明すれば積極的な治療が必要です。

吉岡 誠

解説:吉岡 誠
滋賀県病院
副院長


※所属・役職は本ページ公開当時のものです。異動等により変わる場合もありますので、ご了承ください。

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