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済生春秋

第65回 座右の書

 「座右の書を3冊挙げてください」という依頼を、故郷・富山県の地方紙である北日本新聞社から受けた。
 北日本新聞社は、富山県の将来を担う企業、自治体等で働く若者を対象に「平成広徳塾」を主催している。塾での講義を数年前から引き受けているが、今年の講義に当たって塾生に座右の書を紹介することになった。

 座右の書を3冊に絞ることは、困難な作業である。たくさんの書籍によって学び、生き方に大きな影響を受けてきた。許されれば20冊は挙げたいが、私の講義の内容に即してウィンストン・チャーチル著『わが半生』、ヴィクトール・フランクル著『夜と霧』、渋沢栄一著『論語と算盤』の3冊とした。3冊とも厳しい現実と闘いながら、理想や夢を求めたことで共通している。

 今年のアカデミー賞で話題になったチャーチルの本のいくつかは、高校時代から読んでいる。チャーチルだからこそ、ヒットラーに勝利することができたことは、彼の本からよく分かる。
 チャーチルは、優秀な生徒ではなかったが、インド滞在時代に母親から哲学書、歴史書などの数多くの書籍を送ってもらった。学生時代の空白を埋めるかのように貪(むさぼ)るように読破した。これが真実を見抜く力を養い、政治家としての基礎を築いた。ヒットラーの真意を見抜き、徹底抗戦をし、野望を砕いた。世界のデモクラシーを救った。
 チャーチルは、世界の福祉国家のスタートとなるベヴァリッジ報告をまとめた。終戦後の国家を見通し、人類の理想を求めたのも、膨大な読書から学んだ歴史観からである。

 都内の大型書店の閉鎖が続いている。書店が全くない地方都市が多くなった。少なくなった客を相手に店を構えている小さな本屋を見つけるとほっとする。
 人は、ネットで簡単に情報や知識を得るようになったが、本でなければ修得できないことがたくさんある。優れた本は、整然とした体系のもと、論理展開をし、理論を提示する。文学であれば一つの世界を描出する。
 しかし、最近、本は、すっかり読まれなくなった。このため思考が二分法になり、単純で明快な発言が好まれ、内外の政治動向や社会現象に反映している。このままだと歴史は逆行し、憎悪と対立を生むだけだ。

 平成広徳塾で紹介した3冊は、いずれも発表以来半世紀以上が経過しているが、新鮮さを失わない。優れた本とはそういうものだろう。時空を超えて私たちに進むべき道を示してくれる。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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