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済生春秋

第68回 振り返りはしない

 数カ月前、とある新聞の家庭欄で女性が寄せたエッセイを読んだ。そして、「私と似た人がいるものだ」と目に留まった。同窓会が嫌いで、参加しないという。
 この女性は、同窓会に出ると、決まって「皺(しわ)が増えてすっかりおばあちゃんになったね」という具合に容貌の衰えについて、あいさつ代わりに言われる。事実だから仕方がないが、言われるたびに憂鬱(ゆううつ)になる。こんな会話をNGにして、学生時代の愛唱歌を一緒に歌うだけならいいのにと綴(つづ)っていた。

 私も同窓会には、50歳を過ぎたころから参加しなくなった。若いころの集まりは、酒を酌み交わしながら未来への夢を語り合い、楽しかったし、元気づけられた。
 しかし、年齢を重ねるにつれ、会話の中身が変わってきた。病気と孫自慢が大半を占めるようになった。過ぎ去った昔の思い出話が多くなった。自慢話を長々と話す。同じ話が何度も繰り返される。
 酔いが回るにつれ、同席者の若いころの失態をからかい、満場の笑いを誘う。話した人は深く考えないが、古傷をいじられた人は苦笑いの表情を浮かべ、愉快な気分になれない。

 人は、胸に秘めた誰にも触れられたくない過去を持つ。これを無神経にいじるのは、他人へのデリカシーに欠ける。
 私は、自分や他人の過去に関心がない。昔話は好まない。将来の糧となった経験は大切にしているが、単なる自慢話は避けたいものだ。

 私は、18歳までの自分の写真は、1枚も持っていない。卒業記念アルバムもなくなった。これまで痛痒(つうよう)を感じたことがない。
 13年前、読売テレビが30分間の私のドキュメンタリー番組を制作してくれた時、小さいころの写真を番組に使いたいと言われた。「持っていない」と答えると、番組のデレクターは「信じられない」とあきれた表情を浮かべた。
 中学校の担任だったM先生が、卒業記念アルバムのコピーを送ってくれたので、その中にある集合写真で代替した。

 振り返れば、自分の人生、愉快なことは少ない。荒涼とした原野の風景だ。死の直前になって回想すれば、それで十分だ。今はただ未来に向けて歩いていくのが、私の生き方だ。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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