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済生春秋

第71回 鍵を巡る話

 鍵という言葉は、幸せの鍵や時代を読む鍵などと使われる。高校時代の数学の参考書には「解法の鍵」という記述があった。鍵は、課題を解決するためのポイントの意味に使われる。
 本物の鍵の方は、生活に必須だが、鍵を巡って失敗が尽きない。

 「これは、公務員宿舎のときに使っていた鍵だ」。昨年末、戸棚の引き出しを整理していたら、底の方から鍵を発見した。
 15年前、公務員宿舎に入居していたとき、鍵を落としてしまった。多分、駅で切符を買うため、ポケットから財布を取り出したときに、同じポケットに入れた鍵が滑り落ちたのだろう。
 宿舎に帰って、玄関の鍵を開けるときに、はたと落としたことに気づいた。家には妻がいたので入ることはできたが、落ち着かない。すぐに心当たりの駅に電話したが、届けられていなかった。
 都内では空き巣が頻発する。街角の掲示版には「空き巣に注意」とのポスターが貼られている。鍵によって私の家を特定できないはずだからと思っても、「私を狙ってすったのか」と心配が膨らむ。
 次の日、鍵屋に取り換えてもらった。無駄な出費だった。引き出しにあったのは、落とした鍵のスペアである。

 40年前、イギリスでフラット(イギリスではマンション形式の住居をいう)に住んでいたとき、日本から建築学を勉強に来ていた福岡大学のU先生を招いた。建築の専門家らしくフラットに関心が深く、内部を観察していた。
 私は、ごみ袋をフラットの外に運ぶときなど鍵を持たないで外に出るので、二つ付いていた鍵のうちオートロックの方は固定し,作動しないようにしていた。U先生は、「これは不用心だ」と思ったのだろう。オートロックを作動するようにして帰っていった。
 これを知らない私は、鍵を持たないで玄関の外にU先生を見送り、玄関を開けようとしたときに悲劇が待っていた。下の階のイギリス人に助けを求めざるを得なかった。

 幸せの鍵の方では、トラブルを経験したことはないが、そもそも幸せの鍵は、どこにあるのだろうか。複雑化した現代の社会は、ますます幸せの鍵を発見することが難しくなった。私は、案外自分たちの身近にあるように思えてならない。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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