ホーム > 済生春秋 >  第73回 大事件の記憶

済生春秋

第73回 大事件の記憶

 平成の時代が終わろうとしている。私は、昭和と平成の二つの時代を経験してきたが、それぞれの時代には、いろいろな事件の記憶が織り込まれる。
 
 昭和43年12月に東京都府中市で3億円事件が発生した。大胆な犯行で遺留品が多かったので、すぐに犯人が捕まると思われていたが、昭和最大の謎の多き未解決事件になった。
 このときは大学生時代で、故郷高岡市の篤志家の遺産で建設された寮で暮らしていた。府中市に遠くない東京都小金井市に立地していたので、ニュースで伝えられると、寮内で話題になった。
 犯人が逃走に使った自動車は、4カ月後、小金井市内の団地で発見された。この近くで開業医の中学生の子どもの家庭教師をしていたので、場所はつかめた。高度成長を支えたサラリーマンが好んで住む、平和な静穏な町だった。こんな町が大犯罪に関連するとは、思わなかった。
 事件発生から数カ月後、捜査員が私たちの学生寮を訪れ、寮長に寮生の事情を尋ねていったと後日、聞いた。大事件が自分たちにも関係するとは想像だにしなかった。

 昭和49年8月、東京都丸の内で三菱重工爆破事件が起きた。当時丸の内から遠くない霞が関で勤務していた。昼休みで銀座へ食事に出かけていたときに、突然、轟(ごう)音が鳴り響いた。晴天だったので、雷にしてはおかしい。何が起きたのかさっぱり分からなかった。
 新聞で大事件の発生を知った。社会不安が、充満していた時代だった。

 その後、仕事でイギリスに滞在していたことがある。昼近く、ロンドンの中心街のオックスフォード通りを歩いていたとき、遠くで鳴る爆発音を聞いた。当時、IRA(アイルランド共和軍)による無差別爆弾テロがイギリス各地で頻発していた。そのときは庶民向けのファストフード店内での爆発だった。
 東京での経験があったので、すぐに爆発事件だと推測した。

 平成の時代も阪神・淡路大震災、東日本大震災、オウム事件など大災害や大事件が多かった。これらの事件も自分の経験としていくつかの記憶が絡み合う。
 新しい元号の時代は、どのようになるのだろうか。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

▲ページトップへ