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済生春秋

第74回 春の陽光

 毎朝7時に近くのコンビニに朝刊を買いに行くことが、長年の日課だ。一日の体調を整えるためのウオーミングアップも兼ねている。
 陽春の今は、快適である。この季節は、光を感じる。光は、体内の細胞を活気づける。

 4月初旬は二十四節気(にじゅうしせっき)で「清明」である。語感にぴったりの季節だ。
 二十四節気と日本の季節感がずれを生じることが多い。「立春」のときは、いまだ大変寒い。「暦の上では...」が月並みの言葉である。
 このずれが生じる原因として気象キャスターだった倉嶋厚は、著書で「二十四節気は温度でなく、光を基準にしているから」という説を書いていたが、説得力があった。

 大学時代の冬休みを実家のある富山県で過ごすことがあった。北陸の冬空は、どんより曇っている。川端康成の「雪国」の逆のコースでトンネルを抜けて関東平野に入ると、空は晴れ渡り、明るい光が一斉に車窓から入り込んできた。
 「狭い日本でこんなに違うのか」と太平洋側を羨(うらや)ましく思った。

 ある冬、スペインのグラナダに家族で行ったとき、小高い丘の上に登ると眼下に突然、一群の白い家屋の村が見えた。
 南欧らしい風景だった。一面の白い家屋は、太陽の光を反射している。ヨーロッパの画家も日本人の画家も好んで描く風景だ。南欧特有の明るい光の中で営まれる人々の暮らしが、美しさを作っていた。
 観光客は、みんな一斉にカメラのシャッターを切った。そうだ、この感覚は、私が学生時代の、トンネルを抜けて関東平野に入ったときと同じだ。

 光を大切にした画家にクロード・モネがいる。
 以前、本欄で書いたが、モネの「日傘をさす女」が好きだ。妻と娘をそれぞれモデルにした2作があるが、背後のストーリーを知ると、人生の無常さが伝わってくる。
 光を身体全体に受けながら歩く女性に、人生の喜びと悲しみが交差する。明るいはずの光は、そう単純でない。

 「清明」の季節からやがて「立夏」、「大暑」へと進んでいく。「立夏」では南に面した茶畑の葉が、光を反射させる。「大暑」では日本海沿いの家の黒瓦が、照り付ける光を反射させる。
 今年もこんな季節が、巡ってくる。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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