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済生春秋

第76回 趣味を育む

 東工大名誉教授の土肥義治さんから「学問の香」(角川書店)と題する歌集が送られてきた。高分子科学で世界的な研究業績がある土肥さんが短歌を嗜(たしな)んでいるとは意外だった。
 土肥さんとは富山県高岡市の同郷で、以前私の主宰する研究会に参加してくれた。
斎藤茂吉、佐藤佐太郎のアララギ派の流れをくむ結社「歩道」に加わり、歌作りに励まれた。
 故郷の高岡のほか奈良、姫路、スイス、ブラジルと世界いたる場所が扱われているから、興味が尽きない。研究に関連する歌もある。
「若き日に 名付けし バイオプラスチック 世に遍(あまね)く その名広がる」
 廃プラスチックによる海洋汚染が現在の最大の環境問題だが、土肥さんが研究してきたバイオプラスチックが有力な解決策になっている。この歌には人生の充実感がみなぎる。

 私は、このような趣味がない。若いころ「趣味は何ですか?」と聞かれるのが嫌だった。会話の糸口としての軽い意味しかない質問だが、「特に」とためらいがちに答えると、「つまらない人間だ」と思われているようで嫌だった。
 だから私の方も、この類いの質問を避けてきた。

 役所に入って間もないころ、とても偉い人から「趣味を一つ極めないと役人として失格だ」と諭された。偉い人だったから、強迫観念を植え付けられた。
 でも当時の偉い人の周りを見ても、趣味といえば、ゴルフと麻雀がほとんどだった。私は運動神経が悪いし、たばこの煙が嫌だったから、のめり込めなかった。
 たくさんのことにチャレンジしたものの、能力や時間の制約、何よりも継続しようとする根気が欠けていた。

 とはいっても長寿社会では、仕事のほかに趣味を持つことは、重要だ。でも心配はいらない。仕事と趣味の違いは、目的が金銭の報酬を受けるかだ。野球は、プロ野球選手には仕事、草野球では趣味である。
 日経新聞の文化欄にサラリーマンが仕事で出合ったことを研究してまとめたことが紹介される。先日は、30年かけて弥彦神社を調査した新潟県の信用組合の元サラリーマンの文章が掲載されていて、面白かった。
 趣味は、特別なことでない。自分の人生の経験の中から種を見つければ、自分にしかない趣味を育むことができるのではないか。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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