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済生春秋

第77回 無用の用

 最近、大学教育で実学志向が高まっている。
 就職に不利な文学部などは、入学志願者が集まらないので、閉鎖せざるを得ない大学が続く。理科系でも基礎的学科は、人気が薄い。
 国の高等教育政策もこの方向に向かっている。大企業でも自前でじっくりと人材を育てる余裕がなく、即戦力を求める。
 これに敏感に反応して大学も学生も動く。

 大学で学生を相手に講義をすることがある。退官した直後は、時間的余裕があったし、次の時代を担う若者に訴えたいことが、たくさんあった。だから依頼があれば、すべて引き受けた。
 その結果、北は国立帯広畜産大学から南は長崎国際大学まで各地の大学で客員教授や非常勤講師として、行政学、社会福祉学、環境論、人権論と多領域にわたって教えた。準備には非常に苦労した。
 「よく体力が続いたものだ」と自分でも感心する。
 使命感が動かした。大半の学生にとってすぐに役に立たなくとも、各自の人生の中で生きるはずだと思った。しっかりと勉強してくれる学生は、多かった。
 しかし、単位の取得だけを目的にする学生が、少なくなかったことも現実だ。参考文献を読まず、インターネットで得た知識だけの薄っぺらなレポートが混じっていた。

 ヨーロッパの政治のリーダーの発言は、深い歴史観を基礎に置く。あらかじめスピーチライターが作成した演説よりも質疑応答の方で現れる。
 いつもメルケル・ドイツ首相の演説に注目している。メルケル首相の世界観は、ドイツの暗い歴史を踏まえている。
 5月、ハーバード大学で行なった演説は、良かった。ヘルマン・ヘッセの言葉を引用して始め、ドイツの経験から「自由が当然あるものだとは、決して思ってはいけない」と結ぶ。リーダーにふさわしい識見と教養が伝わってくる。

 教養が軽視される時代である。「これでよいのか」と寂しい気持ちになる。一般教養が重んじられた時代に学生時代を送った人間のノスタルジーからでない。
 即席の実用的な知識の耐用年数は、本当に短い。変化の激しい時代だからこそ独創的な仕事をし、充実した人生を送るためには、より深い教養が必要だと思う。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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