社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2022.07.04

第113回 自然から得る力

 50歳前後の知り合いAから聞いた話である。
 ちょっと前、体調が悪かった。病気だったわけではなかったが、根気が続かず、些細(ささい)なことですぐにかっとなった。元々、気が長い方ではなかったものの、すぐに部下や家族を怒鳴ってしまう日が続いた。
 原因は何だったのか今でも確信はないが、急変が起こる一月前からある市販の飲み物が美味(おい)しかったので、1日に数本飲み始めたことが原因しているのかと疑った。飲み物のラベルに食品添加物使用の記載があった。ネットで検索すると、脳神経への影響事例の報告を発見した。信頼性は分からなかったが、飲用を止めたところ翌日には精神的に落ち着いてきたという。暗示効果も考えられるので、因果関係のほどは判断できないが、Aは今では完全なアンチ食品添加物派である。

 若いころ旧厚生省で食品添加物問題の仕事をしていた。当時は消費者団体が、食品添加物の安全性に疑義を訴える激しいキャンペーンを展開していた。
 当時の私は、「食品添加物は、慎重な審査を経て認められているので、科学的に問題はない。腐敗防止などのメリットがある」と考え、食品添加物使用肯定派だった。
 しかし、今は反対の立場になった。やはり食べ物は、自然のままが人間の健康にとって一番良いと考えている。スーパーで食品を選ぶときは、必ず表示を見る。人工的な添加物使用の商品はなるべく避ける。外食するときも鮮やかな着色剤を使っているものは食べない。
 だからAの話は、「やっぱりね」と素直に理解できた。

 年少のころに食べた野菜は、土の味で満ちていた。美味しかったし、同じ種類の野菜でも現在のものより栄養的にずっと優れていた。当時の子どもたちは、日が暮れるまで大地の上で遊びまわり、泥まみれになって成長した。
 しかし、現在の生活は、土から離れている。子どもたちの多くは、大地の土に触れたことがない。その親でさえそうである。
 植樹会の指導に参加をしたとき、「怖い病気になるから、直接土に触らないで」と、親は子どもに注意していた。町の天ぷら屋さんが手をビニール袋に入れて天ぷらをつかむように、子どもに用意したビニール袋に手を入れて土を触らせていたのには驚いた。
 土は、人類誕生以来、人間の生命を育んできた。土と人間との距離が広がっていく現状は、人間の心身の健康にどのような影響を与えるのだろうか。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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