社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2021.05.06

第99回 プロの水準 

 最近はコロナのため、休日はたいがい家でテレビを見て過ごす。
 プロ野球実況放送とNHKのEテレの将棋対局を好んで見る。番組での解説者の話は、「さすがプロだ」とプロの技が教えられる。
 将棋の解説者は、瞬間的に10手、20手先の変化を説明する。時には数十手先の終局までに及ぶ。実際、そのとおりに展開する。どんな頭の構造をしているのかと驚くばかりだ。
 野球の解説では、打者のわずかな体の動きで、待っている球を推測し、投手が投げるべき球を指摘する。たいがいそのとおりの結果になる。
 相当前だが、広澤克実が解説していた時、巨人のエースが球を離した瞬間に、直球、フォークなどと球種を見事に当てていた。投手の癖を見抜いていたのだ。私も投手の動きを凝視したが、全く無理だった。

 どの分野にもプロは存在し、社会を動かしている。誰でも自分の仕事ではプロになれるし、プロでなければならない。
 でも最近これが疑わしい。町のレストランや居酒屋で食事をすると、「これが金をもらって提供する食事か」と怒りたくなる。しかし、他の客の様子を見ると、不満はなさそうだ。最近は自宅で料理をしない人が増えているが、これらの人は、素人と同じレベルで満足しているのだろうか。
 昔は、外食は、家では味わえない特別の食事をするためだった。外食は美味(おい)しくなくてはならないのだ。しかし、これはもう昭和の伝説になったのだ。

 お店の店員も、プロであるべきだ。しかし、接客態度が失格で、商品知識がない店員が目立つ。人手不足のため、パートやアルバイトに依存するためだろうが、店員教育を徹底しないと、こんな店は淘汰されていく。

 私は、37年間行政の仕事に携わり、行政分野ではプロの末席にいたと思っている。実務から離れると、現場感覚は鈍くなるが、何とか勉強で補う努力はしている。
 このような目で最近の中央官庁を見ると、「これが行政のプロの仕事か」と嘆きたくなる。行政であり得ないことが、次々に起きる。
 日本の職場からプロが、だんだんと少なくなっている。これでは日本が衰退するばかりだ。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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