なでしこナースのストーリー

うなぎの蒲焼

小学生の頃に本で読んだナイチンゲールの姿に魅(ひ)かれ、
その時から私は「将来、ナイチンゲールのような看護師になろう」と決めました。

その本との出合いから十数年後の今、私は日本で唯一、路上生活者を受け入れる東京・中央病院N病棟で働いています。
路上生活者の方が倒れ、その周辺に受け入れる医療機関がない場合、当院に運ばれてきます。
温水シャワーの付いた特別処置室で処置を行い、治療・入院となる方が大半です。

今でも印象に残っている患者さんがいます。
60代後半の男性で、緊急入院してきた時にはすでに肺がんの末期、肉親とは連絡が取れない状態でした。
私はその患者さんの受け持ちでない日もなるべく会いに行き、何気ない会話を笑いながらしていると、
とても楽しく感じました。
やがて病状は徐々に悪化し、食事ができなくなり、会いに行くたびに笑顔や会話が減り、
「苦しい」と訴えることが多くなりました。

そんな時、その患者さんが以前「うなぎが好きだ」と言っていたことを思い出し、
主治医やソーシャルワーカーと相談し、スーパーからうなぎの蒲焼を買ってきました。
他の食べ物は取れませんでしたが、うなぎの蒲焼だけは食べることができました。
私が「おいしい?」と聞くと笑顔でうなずきました。久々の笑顔でした。

その後、うなぎは7、8回、提供したでしょうか。患者さんは、入院されたまま約半年後、亡くなりました。

当院は急性期病院で、入院日数は短くしなければなりませんが、N病棟は例外です。
生活困窮者への医療を目的として創設された済生会の原点とも言うべき病院なので、
退院後の生活の場が決まるまで病棟における治療の継続、あるいは最期まで看取りの看護を行っています。

この患者さんの最期に立ち会うことはできませんでしたが、あの笑顔を思い出す時、私は
「医療行為の提供だけが看護師の仕事ではない」とあらためて思います。
そして、相手を思う気持ちを忘れない、人の心に灯をともせる看護師でありたいと強く思うのです。

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