済生会共同治験ネットワーク済生会共同治験ネットワーク

島 俊英

担当医師インタビュー担当医師インタビュー NASH診療・研究のパイオニアとして

新薬の研究とともに肝生検に代わる
非侵襲的マーカーを開発

済生会吹田病院
院長
島 俊英
消化器・肝臓領域の中でも特にNASH(非アルコール性脂肪肝炎)の診療・研究に長年注力し、豊富な症例データとともに全国トップクラスの治験実績を持つ済生会吹田病院。そうした経験を踏まえ、島俊英院長にNASH特有の治験実施の難しさや、現在の研究の動向などについてお話を伺いました。

海外の製薬メーカー7社とNASHの国際共同治験を進行

――吹田病院がNASHの診療・研究に力を入れるようになったきっかけは。

 吹田病院の先々代の院長であった岡上武名誉院長・大阪済生会支部長が、NASHの重要性に早くから注目していたことがあります。岡上先生が当院の院長に就任した2007年、ほぼ時を同じくして厚生労働省のNASHの研究班会議が立ち上がり、全国的にNASHの研究がスタートしました。岡上先生はそこでも班長を務めており、当時、当院消化器内科の部長の職にあった私も、その研究のサポートをすることから携わるようになりました。
以前は肝疾患の臨床というとC型肝炎が中心でしたが、新薬が登場したことで治療が目覚ましく進歩しました。一方でNASHについては現在に至るまで治療薬自体がまだなく、これからという段階です。世界中の製薬メーカーが新薬の開発治験に取り組んでおり、NASHの診療に力を入れてきた当院にも治験の依頼がたくさん来ているという経緯があります。

――現在取り組んでいるNASHの臨床試験・治験について教えてください。

 NASHの治験に関しては、患者さんをたくさん集めることができて、肝生検を一定レベル以上のクオリティで実施できる施設は全国的に限られてくるので、一部の施設に集中して臨床試験が進んでいるという印象があります。当院でも海外の製薬メーカー7社ほどのNASHの国際共同治験を進めているところです。NASHの治験は第3相であればグローバルに大体1,000人程度集めて、そのうち1割の100人程度は日本人を登録することが求められる治験が多いですね。
「国内で100人」と聞くと、集めるのはそんなに難しくないだろうと一般的に思われがちなのですが、肝生検というハードルが入ってくるのでなかなか大変です。治験には多くの除外基準等があり、まずはカルテによるスクリーニングで対象となる患者さんを絞り込んでいきますが、ここまでで患者さんを集められていても、NASHの場合は肝生検のハードルによってその7割が脱落してしまいます。これは相当多い脱落数です。せっかくあらゆる条件、除外基準をクリアして患者さんを絞っていったのに、3人に2人は確実に落ちるという計算ですから。このように、NASHはこれまで私が経験した臨床試験の中でも最もハードルが高く、非常に大変な、特殊な治験です。

――NASHの治験実施のハードルがそこまで高くなってしまうのはどうしてでしょうか。

 NASHの研究には肝生検という特殊なバイアスが入ってくるので、なかなか一筋縄ではいかないということがありますね。まず、治験の際には肝生検の実施が必要となるため、臨床試験の実施体制の面で参加できる施設がかなり限られてしまいます。また、肝生検自体の持つ課題として、サンプリングエラーの頻度が高い点や、病理医によって診断のバラつきが大きい点が挙げられ、正確な診断や治療効果の測定においてもハードルとなっています。
治験の内容が経口薬を内服するだけであれば、比較的患者さんを集めやすいのですが、NASHの場合は入院して肝生検を行うことが必要になります。それも治療開始前に1回、治療が終わってからその評価のために再度肝生検を行うことになり患者さんへの負担が大きい。そのため患者さんの同意を得にくく、脱落が多くなるというのもNASHの治験が難しいとされる所以です。
とはいえ、NASHの治験に参加している各施設はどこも悪戦苦闘しながらやっていると思います。それを乗り越えていかないと薬の開発は進んでいきませんから。

――そうした問題も踏まえ、肝生検に代わる非侵襲的バイオマーカーの研究が進んでいますね。

 肝生検自体が世界的に研究者の間で問題視されていますし、非侵襲的バイオマーカーの方が安定性が高いという報告もされているので、今後はそちらの方に遠からず移行していくと思います。移行するバイオマーカーを開発・確立するにあたって、世界中の研究者がしのぎを削っているというのが現状ですね。
肝生検に代わるものといっても、肝生検の有用性にどれだけ合致するかが証明できないといけません。当院には以前から行ってきた多くの肝生検の臨床データが蓄積されています。そのデータを使いながら、非侵襲的バイオマーカーの研究を進めています。

――現在使用されているマーカーにはどのようなものがありますか。

 日本だけでも脂肪肝の人は2,000万人ほどいるといわれており、まずはその中から治療の対象になるようなNASHの患者さんをある程度絞っていく必要があります。そのため、おおまかにスクリーニングするためのマーカーと、検査精度の高いマーカーの2パターンに分けて考える形が主流になりつつあります。前者については「FIB-4 index(フィブフォー・インデックス)」の普及が進んでいますが、これは血液検査のAST値・ALT値・血小板数・年齢の4つの項目から自動計算して肝臓の線維化を評価するというものです。これにより患者さんを絞り込んだ後に行うもう少し精度の高い検査については、「Ⅳ型コラーゲン・7S」など血液のバイオマーカー4~5種類が保険適用となっています。
また、画像的にみる方法としてはエラストグラフィという肝臓の硬さを測る機械があります。当院では、肝臓の硬さを超音波で測る「フィブロスキャン」と、MRIで測る「MRエラストグラフィ」の両方の装置を整備しています。特に後者による測定の精度はかなり高いと思います。

一般のNASHの認知向上においても新薬開発はカギとなる

――生活習慣病の側面もあるNASHですが、一般の認知があまり進んでいない印象があります。

 肝生検まで実施してNASHの診断がついたとしても、治療薬がない現状では「NASHだと分かったところでどうなるのですか、先生」という話になり、診断の次のステップに進みにくい状況があります。逆に新薬が出てくれば、製薬メーカーが販売のために広報することも手伝って、一般の認知は大きく進むだろうと思います。新薬の開発は一般の認知においても大きな転換点になります。
検査方法や診断基準を確立することも非常に重要で、非侵襲的検査によってある程度どういう人が脂肪肝の中でNASHに進むリスクが高いのかという数字がはっきりしてこないと、脂肪肝だからというだけでは、自覚症状もない患者さんにとっては問題意識を持ちにくいということもあるでしょう。
一方で、進行したNASHになる人は、実は糖尿病が大きなリスク因子となることが分かってきています。糖尿病患者のがん罹患率・死亡率が高いのは過去の統計からも明らかなのですが、その中でも最も死亡リスクが高いのは実は肝臓がんなのです。そして今後、肝臓がんの多くはNASH肝がんになるであろうと考えられています。
NASHの糖尿病合併症としての認識はまだ低いため、一般の方へもさることながら、糖尿病診療に関わる医療者への啓発を進めていくことも重要だと思っています。

――現在、NASHの新薬の開発はどのぐらい進んでいるのでしょうか。

 世界的には100種類以上の開発治験が進行中で、第Ⅲ相まで進んでいる治験もあります。実際「この薬、効くな」という感覚を持っている薬もあり、早ければ1~2年ほどで結果が出てくるかもしれません。1つの薬でNASHの進行を止めるというよりは、異なった作用機序を持った複数の薬を組み合わせた合剤の方が効果が出やすいのではないかという印象があります。C型肝炎の治療薬ように病気を根治させる薬ではありませんが、現在は全く治療薬がないわけですから、プロミッシングな研究開発だと思います。

島 俊英

済生会吹田病院
院長
島 俊英(しま としひで) 1983年京都府立医科大学卒業後、同大附属病院第三内科(消化器内科)入局。米国・ダートマス大学EPR研究所研究員、星ヶ丘厚生年金病院内科医長、大阪府済生会吹田病院内科医長、同院消化器内科部長・副院長を経て、2020年4月より現職。肝疾患(NASH・肝臓がん・ウイルス性肝炎など)を専門とする。

特集

お問い合わせ

済生会共同治験ネットワークへの発注やお問い合わせは以下より承ります。

お電話でのお問い合わせ

TEL : 03-3454-3311

社会福祉法人 恩賜財団済生会本部 共同治験事務局

済生会

社会福祉法人 恩賜財団済生会本部 共同治験事務局
TEL : 03-3454-3311 / FAX : 03-3454-5576