梅宮 アンナ さん
1972年8月20日生まれ、東京都出身。俳優の梅宮辰夫、元アメリカ人モデルの梅宮クラウディアを母にもつハーフ。1992年、スカウトをきっかけに芸能活動を始め、人気女性誌『JJ』のレギュラーモデルに。テレビ番組やドラマ出演など、活動の幅を広げる。2002年、長女を出産。2024年8月、乳がんに罹患したことを公表し、SNSやインタビューを通して自身の経験を積極的に発信している。2025年5月、アートディレクターの世継恭規氏と結婚。
2024年8月、発見が極めて難しいとされる浸潤性小葉がんに罹患したことを公表した梅宮さん。以降、右乳房の全摘出、抗がん剤治療、放射線治療など、自らの治療体験を精力的に発信。標準治療の重要性を伝えるともに、元気な姿を見せることが、誰かの希望になればと願っている。
病気が分かったその日、「がんになったことには、意味があるんじゃないかと思った」と、梅宮さん。「がんのこと、標準治療(※)のことを伝えていこうと思いました。人それぞれの部分が大きい病気ですから、あくまで『私の場合はこうだったよ』という話ですが、知ってもらうことに意味があるんじゃないかと」
最初に使った抗がん剤は、アメリカで「レッドデビル」と呼ばれている真っ赤な薬。当初は仕事と治療を並行して行なっていたが、4回目の投与後にカリニ肺炎に罹患。息をすることができず、死を意識した。
治療を始めて1年。「生活に制限はありません。ただ薬は毎日飲んでいて、そのうちの一つは10年間飲み続けます。乳がんの治療は長く、再発率も心に留めておかなければなりません」
梅宮さんの願いは、標準治療の素晴らしさを多くの人に知ってほしいということ。「治療はすごく大変だけど、標準治療を受けられるのであれば、受けてほしい。怪しげな治療を絶対に選ばないでほしいし、それを商売としている人のことは、すごく無責任だと思う」
「今も毎日、がんだと告知を受ける人がたくさんいます」。自分にもできることがあるはずだと、病気を公表し、情報や経験を発信し続ける。
「片胸がない私が、沖縄に行って水着を着たということも、誰かの希望になったらいいなと思います。勇気は必要でしたが、『きちんと標準治療を受けて、元気になったよ』と、がんサバイバーとして伝えたいです」
※標準治療とは、多くの臨床試験の結果をもとに専門家が集まって検討を行なった結果、診療ガイドライン等により有効性が認められている治療法のこと
文:新亜希子 写真:大村祐里子(機関誌「済生」2025年12月)
2025年富山でのトークショー「知ろう、乳がんとわたし」にて

がんを告知され、世界が一変した日--自分ががんになった意味を考えたという梅宮さん。ここから新たな人生が始まるのだと捉え、全てをさらけ出すことを決意。今、のちの誰かのために「標準治療」の重要性を積極的に伝えている。今年は乳がんの話に加え、がんサバイバーとして自分のことだけではなく側にいる家族のあり方も伝えたいと、尊敬する伴侶・世継恭規氏との結婚の話も。

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