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ネパール大地震に対する医療支援

村に残された人達にこそ医療が必要 大阪府済生会千里病院 救命救急センター医師 尾北 賢治
写真はいずれもHuMAの提供


手前の青いシャツが筆者



 5月26日~6月6日、HuMA(Humanitarian Medical Assistance:災害人道医療支援会) の三次隊(最終隊)の一員となり、ネパールの地震被災地、ラムチェ村で医療支援を行いました。ラムチェ村は首都カトマンズから車で3時間の山岳地帯にあります。JICAが支援をしていたバラビセ村からは約1㎞カトマンズ寄りです。人々は余震や地滑りの不安がある中、日々瓦礫(がれき)の撤去に追われながら生活していました。

 HuMAでは5月9日から調査隊、16日から一次隊、21日から二次隊を派遣。調査隊と一次隊はカトマンズを中心に医療ニーズの調査を行いました。そこで、ラムチェ村のPHC(Primary Health Center)が候補にあがり、HuMAではここで医療支援を行うことにしました。
 同PHCには震災前から、PHC専属の医師3人がカトマンズから派遣されていました。震災後は不眠不休で診療にあたり、夜になると崩れそうな建物の冷たい床に絨毯(じゅうたん)だけ敷いて過ごしていました。彼らはいつも笑顔ですが、少し話せばどれほど疲れているのか痛いほどわかります。
 震災当初から、外国からの支援の申し出は多くありましたが、ネパール政府は「自国内で解決したい」との思いが強く、受け入れには難色を示していました。加えて、国民の貧富の差が大きく、お金がありアクセス手段のある人のみ治療を受け、避難できます。ラムチェ村でも、住民の60~70%は避難していますが、残っている人達にこそ医療が必要です。

 三次隊(医師2人、看護師2人、調整員1人)は5月27日にネパールに入国、3日までPHCで支援をしました。期間中、カトマンズとラムチェの中間にあるドゥリケルという町のホテルを拠点に、車で往来しました。
 PHCでは現地スタッフに一日完全にオフの日を取ってもらうと、皆笑顔で街に飛び出して行きました。その日の夜は、ホテルの庭で一緒に宴を開き、語り合い、忘れられない夜となりました。現地の医師は自身もつらい中、自分の生活より傷ついた人々のために前向きに取り組む彼らは、医師の鑑です。

 我々の活動も短期で終わることなく、世界の医療団が受け継いで、「さらに高地の集落にも診療の手を広げている」と聞きました。しかし、今も余震が続くうえ、雨季に入ったネパールで、日本にいても心配の種は尽きません。