済生春秋 saiseishunju
2025.12.05

第154回 仕事と生活のノウハウ

 生来不器用である。他人から見ると「じれったい。何をまごまごしているのだ」と思われてきた。今でこそ面と向かって言われないが、小学校のとき、先生から直接言われ、幼い少年の心は傷ついた。
 これに反発し、何とか克服しようと努力した。この悔しさを親や兄弟にも言わなかった。自分だけで解決しようとするのが、自分の性分だった。
 これは他人に勧められない方法だが、何事も十分時間をかけて努力してきたつもりである。しかし、得られた成果は乏しかった。やはり熟達した指導者から教えてもらうのが近道だ。徒然(つれづれ)草が教える「何事にも先達はあらまほしきことなり」は真実だ。

 不器用な生き方によって得た面もある。同じように苦しんでいる人を見ると、自分の過去と重なり、しっかりと理解できた。
 例えば引きこもっている人、ホームレス状態にある人、受刑者などに見受けられた。生き方が不器用だったゆえに人生のどこかでつまずき、社会から脱落してしまったのだ。自分事のように彼らの過去を想像できる。今も福祉の仕事や活動で役立っている。

 不器用さは、仕事や日常生活などあらゆる面で表れるものだ。これを克服する良い方法はないものか、常に探すことを怠らなかった。他人の真似(まね)をこっそりと試みたが、無駄だった。
 若いころノウハウ本をよく読んだ。「1月で〇〇を克服する方法」などタイトルに引かれて、次々に買った。買ったときは、これで自分にも能力がつくと思われた。このように思わせるのが、ノウハウ本がベストセラーに並ぶ理由だろうか。
 結論から言えば、これも成果がなかった。今でも新聞にたくさんのノウハウ本の広告を見るが、もう食指が動かない。

 今では仕事や生活のノウハウは、自分で体験して自分なりの方法を身につけていくものだと考えるようになった。超一流のプロ野球選手や将棋棋士を観察していても同様である。
 小さいころから悩んできた問題の解決の道をようやく見つけたような気がしたのは、最近になってからである。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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