済生春秋 saiseishunju
2026.03.06

第157回 セピア色の卒業式

 今月は、卒業式のシーズンだ。私の卒業式の記憶は、普通ではない。
 高校の卒業式は、大学入試時期と重なっていることや不合格で悲嘆に暮れている生徒もいるという配慮だろうか、出席は個人の判断に委ねられた。私は、高校時代の後半は、辛い思い出しか残らなかったから、迷うことなく欠席を選んだ。
 後日送り状もなく、卒業証書1枚だけがぽんと郵送されてきたが、なんとなく寂しかった。

 大学の卒業式は、学園紛争の混乱時だったため、3カ月遅れの6月下旬に行なわれ学部単位と異例だった。しかし、大学生時代の4年間は、自分なりに勉強を十分にしたという認識があった。さらに多様な経験をし、手痛い失敗をしたり、大恥をかくことがたくさんあったけれど、十分に満足していた。
 中でも育英奨学資金の貸与を受けながら、大学合格時点からすべて自分で学費や生活費を稼いでやり遂げたことだ。人間は、どんな苦境にあってもなんとかなるものだという強靭な生活力を持ったことは、大きな収穫だった。寄せ場で出会った人たちの生きるエネルギーにも教えられた。

 大学の卒業式の形態は、前代未聞だったので、マスコミの取材陣が集まった。私は、民間のラジオ局から学生時代の感想を聞かれ、「自分の人生哲学を確立できた4年間だった」と生意気なことを話したが、夕方の放送を聞くと、意外に落ち着いて応えていた。

 今年2月中旬に福祉の専門紙「週刊福祉新聞」に大学生時代の思い出の一端を書いた。すると長年交流のある同時代に学生時代を過ごした某大学学長経験者から共感するメールが送られてきた。
 あの混乱した学生時代の経験は、今でははるか遠い思い出でセピア色に染まってきた。当時出会った何人かは、鬼籍に入った。学生時代は、将来を考えず、その時点でもがき苦しむことに最大の意味があるのだろうか。
 アメリカの大学では卒業式を「commencement ceremony(始まりの式典)」と呼ぶのが一般的だというのは、よく分かる。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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