済生春秋 saiseishunju
2026.09.28

第162回 様々な夏の思い出

 夏には様々な思い出がある。
 小さいころ過ごした富山の夏は、クーラーはもちろん扇風機もなく、団扇だけで快適に過ごせた。扇風機は、金持ちの家にしかなかった。

 高校2年生の夏休みの時、古城公園の中にある高岡市立図書館で『日本古典全書』(朝日新聞社)を次々に読んでいた。古典によって日本人の心を考えることを私の夏休みのテーマに据えた。
 広い図書館の読書室は、いつも私一人だった。静まりかえった部屋と対照的に外からは蝉の鳴き声が絶えまなかった。広く開けられた窓からは、樹林の間を通り抜ける風は、心地良かった。
 古城公園は、キリシタン大名だった高山右近が設計した名城があったが、一国一城令によって壊されてしまった。悲劇の武将の思いが宿る公園の片隅で万葉集、土佐日記、大鏡など日本の古典の世界に没入していたのが、16歳の純粋な少年の爽やかな夏だった。

 ロンドンで暮らしていた夏休み、ノルウェーの港湾都市ベルゲンの近くのボスという町に家族で滞在した。8月でも涼しかった。ここを拠点に各地のフィヨルドや湖を訪ねた。ノルウェーの壮大な自然に包まれると、澄み切った気持ちになれた。
 不用になった船の廃材で作った質素な教会や小さな町の民芸館では、ノルウェー人の堅実な暮らしぶりを知ることができた。
 こんな穏やかな経験を家族でできたのは、37歳の夏だった。今では遠い世界の思い出である。

 今年の夏はどうだっただろうか。酷暑に苦しめられた記憶だけが残る。
 8月上旬の本当に暑い日、野外で2時間ほど作業をした。熱中症対策としてタオルで頭、首を覆う。作業時間は20分、休憩10分のインターバルで体調の変化に気をつけた。休憩時間には下着を替え、水を飲み、塩飴を舐めた。
 これを4回繰り返し、作業を終えてやれやれと思った。しかし、水をあんなに飲んだはずなのに尿が出ない。耳がおかしい。自分の声が耳の中で反響する。
 段々と頭もぼんやりとしてきた。回復するまで日陰に座り込まねばならなかった。やっぱり今年の夏、日中での野外作業は危険だった。
 これからの日本の夏は、こんな過酷の夏ばかりになるのだろうか。クーラーが作動する部屋に閉じ籠る夏は、人間の夏の過ごし方だろうか。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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