社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2025.06.13

第148回 やっぱり人生塞翁が馬

 65歳の時、健診で脂肪肝が大変進行していると指摘され、愕然(がくぜん)とした。肝臓病のため60歳代半ばで亡くなった兄のことが頭によぎった。
 アルコールに弱い家系である。父や弟は体質的に飲めなかった。その中で地方公務員だった兄は、仕事の関係もあったのか、酒が好きだった。休日は日中からビールを飲むのが楽しみだと話していた。
 65歳までの私の生活ぶりを振り返ると、恐ろしくなる。倒れなかったのが幸運である。夜遅くまで仕事する日もあったが、夜の会合も多かった。酒を飲みながら、自分の知らない世界の情報を知ることは貴重な場だったし、自分の成長の糧になった。酒を飲まない日はなかった。
 健診結果の宣告を受けて65歳の誕生日を期してアルコールは、一切飲まないと決意した。日本酒1合まではいいとか、中途半端ではだめだ。何かの弾みで元の木阿弥になる。
 アルコールを完全に遮断すると、脂肪肝は3カ月ほどで消えていった。肝臓だけでなくその後の体全体の健康維持に著しい効果があった。
 脂肪肝になったことは不幸だったが、これが幸いした。人生塞翁が馬である。

 本コラムの第57回「古人の言葉」として私の好きな言葉を紹介した。その一つが「人生塞翁が馬」である。
 人生は、失敗、不幸、不運など苦しいことがいっぱいある。当然に落ち込む。でもこの言葉が救いになった。
 国家公務員在職中の40年以上前、ある日突然に政府系金融機関に異動を命ぜられた。ある重要なプロジェクトの責任者として情熱を傾け、関係団体から画期的だと期待が寄せられていただけにショックだったし、落胆した。国会でも当時の社会党議員が私の人事問題を質問したが、背後の事情が分からなかった。
 しかし、ここでの3年間の融資から債権回収までの金融実務の経験は、その後の仕事に大変役立った。これも「人生塞翁が馬」の具体例である。

 反対にうまく行っている時は、下落の始まりである。成功して有頂天になって自慢していると、足元に落とし穴が待っていることも痛いほど経験した。 

「人生塞翁が馬」、真実を表現しているとつくづく思う。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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