済生春秋 saiseishunju
2025.10.10

第152回 夢の意味

 漱石の名作「夢十夜」のような芸術的な夢は、見たことがないが、よく夢を見る方だ。
 20代によく見た夢は、学校の試験に関係するものだ。受験日が近づいているのに、勉強が進まない。試験終了時間が迫っているのに、答えが書けないで焦っている姿である。
 学生時代に苦しんだ試験の記憶が、脳裏に刻み込まれたからだろう。でもその記憶も次第に薄れ、40歳を過ぎたころからは、この種の夢を見ることはなくなった。

 代わってよく見る夢は、家やホテルの鍵をどこかに忘れて困っている自分である。夢の原因と思われるのは、30歳ころイギリスでフラット(日本のマンションに相当)を借りて住んでいた時のことである。
 訪ねてきた日本人をフラットの外まで見送りに出た。私は、鍵を持たないで自分のフラットのドアを開けたままにしたが、後から出た日本人は、不用心だと思ったのだろうか、オートロックのドアを閉めてしまった。見送って戻ると、部屋に入れない。近くに知り合いもいない。どうしたらよいか、イギリスに来て間もないころ、汗をかいた経験が夢で再現する。

 今から30年ほど前に奇怪な夢を見た。亡父が夢に現れて「一人で行きたくない。おまえが一緒に来てくれ」と懇願する。私は、「そんなところ行きたくない」と拒絶する。これが何度も繰り返された。そのうち汗びっしょりになって目が覚めた。
 何か気になって早朝、田舎の母に電話をした。驚いたのは母である。「昨日お寺が遠隔地に移転するので、父が眠る墓も一緒に動かすことになると伝えられた」と言う。あの夢は、偶然の一致だろうか。
 お寺が移転された後、すぐに父の墓参りに向かった。タクシーの運転手に住所を告げると、「あそこにお寺がありましたかね」と言う。あれが父の伝言であれば、近くに来れば、何らかの変化があるのでは……。じっと目を瞑り、耳を澄ませた。目的地に近づいた時、何か感じた。
 「運転手さん、この近くにない?」車から30メートルばかり離れた、水田の真ん中にぽつんと新しいお寺が見えた。
 あの夢は、どんなふうに考えたらよいのだろうか。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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