済生春秋 saiseishunju
2025.11.05

第153回 嫌な予感

 数年前から膀胱炎になるようになった。抵抗力の弱った子どもや高齢者、女性が罹(かか)りやすい病気だ。私もその仲間に入ったのだ。膀胱炎に罹ると、厄介である。日常の行動に大きな支障が出る。重症になると10分おきにトイレに駆け込みたくなる。
 何回か発症を経験するうち、どんな時に膀胱炎になるか分かってきた。ストレスに長期間晒されたとき、不規則な生活が続いたときなどが危ない。そして何か体に異変を感じ、嫌な予感がする。
 こんな時は水を大量に飲み、活動をスローダウンさせる。すると3日程度でいつの間にか体の異変を忘れてしまう。異変を無視して無理を続けると、本格的な膀胱炎になってしまう。今ではこんな方法で災難から逃れている。
 予感は、病気から守ってくれるシグナルだ。

 10年以上も音信のなかった人から面会の依頼を受けることがある。「用件は会ったときに」と告げられると、嫌な予感が走る。
 もちろん深刻な相談の場合もある。私も経験があるが、万策尽き、藁にもすがる思いで接触を求める。私には解決できる能力など持ち合わせていないが、丁重に話を聞き、何かできることがないか真剣に考える。
 こんなことがあるからできるだけ会う。社会の裏表を知り抜いたジャーナリストから「慎重に会う人を選ばないと、ヤケドするぞ」と忠告された。確かに後日逮捕された人も混じっていた。

 詐欺だと推測させることも度々経験した。今ではこの種の案件の免疫がついた。電話を受けたときから予想し、身構える。相手は必ず録音していると考え、発言に注意する。
 詐欺の口上は、共通している。総理大臣と友達だ、〇〇会社の社長と酒を飲んだと権威づける。皇族と親しいという輩(やから)もいた。
 一緒に取った写真や名刺をバックからおもむろに取り出す。名刺綴りは膨れ上がっている。すでに故人となった知人の名刺も入っていた。
 予感力は、原始時代から人間が危機に満ちた自然界で生きるために備わった能力である。この貴重な能力をいつも研ぎ澄まして危機を避けたいものだ。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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