社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2025.04.11

第146回 ひと言の魔力

 球春がスタートした。日本人の関心は、大リーグの方が日本のプロ野球を上回っている。
 大リーグのプレイを見ていると、パワーが日本と全然違う。力対力で勝負する。試合のスピードアップが重視されている。見ている方は退屈しないが、日本のプロ野球も捨てたものではない。
 相手チームとの駆け引き、投手の投球の間の取り方、バントの多用などは大リーグとは違う日本らしい野球の味がある。
 日本の野球で目立つのは、ピンチになると、タイムを取ってコーチがマウンドに向かう行為である。テレビの解説者はすかさず「良いタイミングでした。ピッチャーを落ち着かせるのに間を取りました」というのが常套句(じょうとうく)。
 どんな助言をしているのだろうか。きっと優れたコーチはひと言、ふた言でピッチャーの心を落ち着かせるのだろう。

 小学2年生の時、担任のK先生は、「よくできたね」と書いた詩を褒めてくれた。これがきっかけで作文が好きになった。小学生の作文コンクールで賞をもらうこともできた。
 だらだらした長い説明よりもひと言が影響力を持つ。マイナスの影響の場合もある。「〇×△×」とぐさりと心に刺さったひと言が、ずっと残っている。言った方は全く覚えていないが、言われた方は生涯苦しむ。
 被害者の経験は数多くあるが、きっと加害者だったこともあるだろう。今は最大限気をつけているが、「あ、しまった」と反省する。

 放浪記の林芙美子は、「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と有名な言葉を残しているが、私の人生も、楽しいことよりも苦しいことをたくさん経験した。
 こんな時、人に相談するよりも本に克服の手がかりを求めた。本の中のひと言が背中を押してくれた。
 ロマン・ロランのジャン・クリストフに出てくる「自分にできることだけをする」や佐藤一斎の言志四録の「暗夜を憂うなかれ、一灯を頼め」などいろいろな言葉に励まされつつ生きてきた。
 ひと言の魔力は大きいといつも実感する。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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