社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2014.08.08

第19回 まちづくりの方向

 世阿弥の能は、実在の場所でドラマが繰り広げられる。代表作「井筒」は、伊勢物語から題材を得て、在原業平と妻との愛憎劇を大和国在原寺で展開する。結婚式の定番「高砂」は、播磨国高砂の浦と摂津国住吉の浦である。遠隔の地にある松をモチーフに夫婦の慈しみを描く。具体的な場所は、鑑賞者のイメージを膨らませる。
 地域には歴史が作った独自の文化がある。他には模倣できない地域の大きな無形財産である。

 衰退するまちを活性化するために、外部からの企業誘致に力を注がれる。東京の有名レストランの出店を働きかける。即効的な人集めにはなるが、まちが培ってきた文化とは無縁である。

 古いまちには、名酒を醸造する老舗がある。まちによって育てられてきた。一方、名酒が地域文化を育んだ。常連の愛好者がいる。名前が個性的である。各地に名酒をたどる観光コースが設定され、まちの経済に貢献している。
 旧知の山崎洋さんは、世界文化遺産である富山県五箇山で三笑楽という日本酒を作っている。地域文化と融合した奥深い味を愚直に送り続ける。地域の指導者としてまちづくりにも積極的である。

 最近、地方議会の不祥事が続発している。女性差別発言、政務活動費の不適正使用、市議会議員の大半が選挙違反で逮捕など。地方議会議員は、まちづくりの中心を担うべきである。
 7月9日、東京都国立市の佐藤一夫市長からの依頼を受けて、市議会議員や職員に対してソーシャルインクルージョン(社会的包摂)に基づくまちづくりについて講演をした。講演の後30分ほど市長、議員と意見交換を行った。10人程度の議員で、私の先入観と違い、皆熱心だった。女性の議員が多かった。どのようにしたら国立市の諸問題を解決できるか、市の風土に合ったまちづくりができるか、党派を超えて考えていた。

 同じような風景に30年前に出合っていた。イギリス・ウエールズの小さな町の議会だ。仕事を終えた夜、議員が集まり、町の政策について意見を戦わしていた。自分の町の問題を自分の言葉で話していた。こんな部屋の片隅から本当の民主主義と文化が生まれる。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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