社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2014.09.08

第20回 夏の終わり

 都立代々木公園を発生源にしてデング熱が全国各地に広がっている。代々木公園は、私の休日の散歩コースの一つであるから、他人事ではない。
 代々木公園には近づかないが、習慣になっている毎晩のジョッギングをする前には、防虫スプレーを露出する手足にたっぷり振りかける。
 かねてから環境省は、地球温暖化の進行によって熱帯地域に常在しているデング熱が、マラリアと同様に日本でも蔓延(まんえん)すると、警告を発してきた。私は、「とうとう来たか」と地球温暖化の進行の速さに憂えている。
 今はもう9月、なのに本格的な秋は、ゆっくりとしている。

 8月下旬の1週間、夏休暇を取って、私が生まれた富山県高岡市に所在する高岡法科大学で「社会福祉論」の集中講義をした。9年目になる。学生は30名。私たちの教室以外は、人の気配はせず、しんとしている。夏の別れを惜しむかのように蝉(せみ)の声だけが構内に響き渡っていた。
 他人が遊んでいる時に、静寂な環境で勉強するのも悪くない。夏の疲れから居眠りをする学生もいるが、それは大目に見よう。提出されたリポートを読むと、社会福祉を専門としない学生だけど、社会福祉の本質をしっかりとらえている。林間学校のような1週間が、将来の進路の選択に何らかの影響を与えたならば、こんなうれしいことはない。

 中学生のころの夏の終わりに、一人でよく高岡市にある雨晴海岸(あまばらしかいがん)に行った。雨晴海岸は、頼朝に追われた義経が弁慶とともに東北の平泉に逃げる時に雨宿りをしたという謂(いわ)れがある。
 夏休みの宿題は、休みに入るとさっと済ませた。夏の終わりを穏やかに感じられる。季節の中でこのころが一番好きだった。
 お盆が過ぎれば、海水浴客はいない。浜茶屋は、壊し始められている。打ち寄せて砕ける波音が、響き渡る。騒がしい海水浴客の声を染み込ませた砂浜は、打ち寄せられた海草を散りばめている。そんな砂浜に一人で座って、ただ海を眺めていた。

 夏の終わりの海は、去って行った人、亡くなった人を思い出させた。人生は華やかで幸せな時がほんのわずかだと教えてくれた。
 このような夏の終わりは、今、どこに行ってしまったのだろうか。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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