社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2021.05.31

第100回 記憶の中の月

 5月26日は、スーパームーンの皆既月食という珍しい現象の日だった。1948年以来で、次回は、12年後である。
 その前夜の月も、南の空に大きく、明るかった。月の中のウサギの姿がくっきり見えた。
 26日の皆既月食を見るのが楽しみだった。毎日の日課であるウォーキングの際に観察するため、7時30分ごろに家を出た。空が開けた広場には親子づれなど多くの人が空を見上げていたが、空はどんよりと月が雲で遮られていた。
 コロナで家に引きこもりがちで、気分が晴れない。こんな時、外に出て夜空を見上げて、明るい月を観察すると、すっきりと気分転換になる。

 日本人は古来、月を愛でてきた民族だ。和歌や俳諧には月を題材にした名作が多い。
 大伴家持も月をたくさん詠んでいる。若いころ家持は、私の故郷である越中に国司として赴任したが、その時、次の名歌を残している。月夜の静寂さが伝わってくるではないか。

   鶏の音も聞こえぬ里に夜もすがら月よりほかに訪う人もなし

 俳諧では与謝蕪村の次の句が好きだ。

   菜の花や月は東に日は西に

 蕪村の句は、南画家らしく絵画的で、情景がおのずと浮かんでくる。一面の黄色い菜の花、上ってくる明るい月、落ちていく赤い太陽が色彩豊かに想像できる。地球を包むようなスケールの大きさである。
 幼いころ遊びから家路へと急いだ夕方、自然の雄大さに打たれたあの情景と一致する。

 この句の月は、明らかに満月である。中学1年の理科の知識があれば分かるが、中学生には難問だ。月の満ち欠けと太陽・月の運行の関係の理解が必要だ。
 そこで、中学2年生の時、理科の教師だったM先生の指導を受けて、同級生のY君と地球、太陽、月の運行が簡単に分かる模型を制作した。それまでなかった模型だったのだろうか、富山県主催の中学生科学作品コンクールで表彰され、地元紙に写真入りで掲載された。
 月を見ると、いつもそんなことを懐かしく思い出す。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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