社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2021.11.01

第105回 冬が来る

 つい最近まで夏だったけれど、朝晩の冷え込みは、もう冬の到来が間近だと感じさせる。
 日本の秋は、本当に短くなった。これも地球温暖化のためだ。今年の日本の冬は、ラニーニャ現象の影響で寒くなるかもと予想されている。田舎では冬支度を急ぐ。

 この季節になると、幼いころ自分で干し柿を作ったことを思い出す。
 自宅の庭に2本の渋柿があった。ある日、家に出入りしていた農家の人が、そのうち1本を接ぎ木で甘柿に変えてくれた。2本とも甘柿にしてくれればと思ったが、家族では食べきれないと思ったのだろうか。
 渋柿の方は、秋が深まると、葉が次々に舞い落ち、野鳥についばまれずに赤く色づいた実が残った。その渋柿を採って、皮を剝(む)き、軒先に吊(つ)るした。当時も器用でなかったので、皮を部厚く剝いてしまい、小さくなった。3~4週間も経つと乾燥してさらに小さくなった。家族のだれも食べようとはしなかったが、私にとっては格別に美味(おい)しかった。
 どうして渋柿が甘くなるのか不思議だった。姉に聞いても、面倒くさそうにして答えてくれなかった。

 もっと寒さが増すと、母が一人で「こん餅」作りに取り組んだ。「こん餅」は、私が育った富山県高岡市の方言だろう。「こん餅」は、薄く切った餅を風通しのよい寒い場所に吊るして乾燥させて作るお菓子である。東北、信州、北陸など寒い地域では、昔から同じような方法で作られたが、呼び方はさまざまのようだ。
 最近、富山県の女性グループが郷土の特産品作りとして「かんもち」と称して販売をしている。「寒餅」は、富山県の「かんもち」と違った意味で国語辞典に登載されている。「日本国語大辞典」(小学館)では江戸時代初期の文例を載せている。

 本格的な冬に入ると、私たち子どもは、母が作った「こん餅」を火鉢の上で丹念に焼いて食べた。弱火でじっくり焼くのが美味しく食べるコツだった。焼きながら姉たちと話をするのも冬の楽しみだった。
 子どもたちが喜んで食べる姿を見ると、母は、北陸の厳しい寒さに耐えながら手間のかかる「こん餅」作りを止めることができなかった。
 しかし、家業が傾き始めると、いつの間にか「こん餅」は、我が家から消えていた。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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