社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい) SDGS rd05
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済生春秋 saiseishunju
2021.11.30

第106回 人の別れ

 毎年この時期になると喪中欠礼の葉書が送られてくる。最近は交際のあった本人の逝去を伝えるものが増えた。コロナのため親族からの葉書で亡くなったことを知るという異例な状況が続く。
 葉書を眺めながら最初の出会いを思い出す。人との出会いは、すべてある日突然で、偶然だった。人との出会いとは、そんなものだ。偶然の出会いが長い付き合いになるかどうかは、私自身の努力にかかっていた。

 長い間親しく助けてくれた年配者の死去は、生前何も恩返しせずに終わってしまったことを悔いる。
 総合プロデューサーで大規模なイベントを数多く手掛けたK氏は、私とは異なる分野で活躍した人だっただけに、私に欠けている能力をいつも補ってくれた。スケールの大きい人だった。
 私が旧厚生省や環境省の幹部だったときは、健康、福祉、環境のまちづくり、休暇村協会理事長のときは、リゾート経営について快く卓越した助言をしてくれた。今でも彼から伝授されたことは、私の血肉になっている。
 K氏の逝去を知らせる手紙は、K氏本人の名前で出されていた。こんな手紙をもらったのは、もちろん初めてである。彼が亡くなる直前に書き、奥様に託したという。総合プロデューサーらしく自分の人生を自分で演出して閉じたかったのだろうと奥様が書き添えてあった。

 私と同じ年代の人の逝去を伝えるものも混じる。こんな葉書を見ると、自分もそんな年齢になったのだと認識する。
 人は、自分だけは例外で、死は遠い存在だと思っている。私も普段はそのような態度で暮らしている。しかし、年末になると、自分の死について考えさせられる。残される家族を思うと胸が痛む。まだまだくたばるわけにはいかない。
 今年の喪中欠礼の中には学生寮で起居をともにした男の逝去を伝えるものがあった。柔道有段者でがっちりした体躯(たいく)で、病気とは縁遠い存在だった。性格も豪快そのもの。大学卒業後は、重役として会社経営に辣腕(らつわん)を振るった。ひょろひょろし青白い私と正反対だっただけに驚きは大きい。

 人との出会いが偶然であれば、別れは突然である。人間の運命とはそのようなものなのだ。こんなことをしみじみと考えさせる年の暮れである。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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