社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2013.11.11

第10回 日展の風景

 今年の秋は、あったのだろうか。夏から冬にジャンプした。芸術の秋も変調だった。
 11月1日から国立新美術館で始まった第45回日展は、昨年までとは空気が違った。書道部門の日展入選審査を巡る疑惑が、すべての見学者の頭を支配している。華やかさは消え、重苦しい。

 私は、11月9日に訪れた。本欄(第6回「俺たちのエベレスト」)で紹介した私の出身校である富山県立高岡高校の同級生であった氷見長徳君の作品を見るためである。
 彼は、高校時代から美術の才能が輝いていた。私など足元にも及ばない。美術教師も一目置く存在だった。高校卒業後金沢美大で学び、地元の大手企業で工業デザインを仕事としていた。仕事の傍ら、地道に油絵を描き続け、今では富山県美術界の重鎮の座にある。会社を退職した今は、画業に専心している。
 彼から10回目の日展入選ができたと招待状が送られてきた。作品は、富山県砺波市の散居村を描いたものである。彼が画家人生のテーマとして追求している。
 富山県出身者には懐旧の念に駆られる作品である。当時小学校では当地が遠足の目的地だった。教師による砺波平野の散居村の希少性、防火という目的などの説明を興味深く聞いた。散居村は、私の郷里の誇りである。氷見君も同様な原体験があるのかも知れない。
 日展に展示された作品の前でしばらく佇(たたず)んだ。穏やかな春の一日、水を張った水田、草緑色の菜の花を前面に、青々した樹木を背景に古い農家が立っている。人の声は聞こえないが、野鳥のさえずりは、響き渡っているのだろう。小学生の時に見た風景のままで、55年の時空を超えて蘇る。

 しばらくの間、平和で牧歌的な別世界に浸れたが、書道部門の不祥事は、醜い現実の世界に引き戻す。小説の題材になるような芸術界の裏事情は、事実だったのか。 
 私の知人の多くの芸術家たちは、日展入選を目標にして精進している。「日展に入選できたよ」と誇らしげに連絡を何度も受けた。彼らの努力を無駄にしたくはないものだ。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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