社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2014.01.15

第12回 北陸の空

 昨年12月30日から4日間、富山県高岡市のホテルに家族で滞在した。介護施設に入所している母を訪れるためである。96歳になる母は、歩行ができないが、頭脳は明晰で元気だった。
 滞在中の天気は、北陸独特だった。18歳まで高岡市に暮らしていたので、私は慣れていた。東京育ちの妻は、戸惑いを隠さなかった。朝は、太陽が見え「今日はいい天気になるな」と気持ちが明るくなる。だが、1時間後にはどんよりと曇り、さらに小雨がしとしとと降る。猫の目のようにくるくる変化する。
 北陸の冬の空は、曇っていることが多い。このような空は、そこで暮らす人々の心や生活に自ずと影響を与えてきた。じっと我慢をする忍耐強さという性格を育てた。空は、くっきりと晴れ渡るのが当たり前と考える太平洋側の人は、憂鬱な気分に陥るだろう。

 北陸とイギリスの冬の空は、大変似ている。39年前にイギリスで勉強していたとき、ロンドン北部のウエスト・ハムステッド地区のプライオリー・ロードに面して建つフラット(日本でいうマンション)を借りていた。この道路の並びに明治33年(1900年)からイギリスに留学した夏目漱石が下宿していたフラットがあった。漱石にとってロンドンで2番目の下宿であった。家主との折り合いが悪く、わずか一月で引っ越す。
 ロンドン滞在の漱石は、精神的な問題を抱える。ロンドンの一日中暗い空が悪影響したのではないだろうか。「倫敦塔(ろんどんとう)」ではロンドンのスモッグが描写されているから、大変気にはなったのだろう。

 私は、毎晩40分間ジョギングを楽しむ。走りながら夜空の星を観察するのが好きだ。「星を見ると近眼が治るぞ」と小さいころ父が話していた。効果は未だに認識できないが、励みになる。
 東京の空は、夜でも明るく、高いビルが観察の邪魔になる。それでも今は南の空にシリウス、プロキオン、ベテルギウスからなる冬の大三角形がはっきりと見える。無限の宇宙を見ていると、日々の心配事が小さなことに思える。
 国立青少年教育振興機構の調査によれば、最近の子どもは、星空を見ることが少なくなった。心の成長に影響を与えている。いじめや引きこもりが増大している今日、子どもたちは、時にはスマートフォンの小さな画面から大きな夜空に目を移して欲しいものだ。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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