社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2014.04.08

第15回 桜の魔性

 誰もが桜についてそれぞれ思い出を持っている。
 私は、小学校の入学式の時の桜である。校庭の隅に立っていた二宮金次郎の銅像に花びらがひらひらと舞い落ちていた。仰いでみると、青空が透けるような桃色の花びらが美しかった。
 今年の東京の桜の満開は、小学校入学式より少しだけ早かった。桜の花が散り始めた時に入学式だったかもしれない。散り惑う花びらに私と同じ情感を持った新入生がいるだろうか。

 桜は、不思議な力を持っている。
 私は、旧陸軍の駒沢練兵所があった地域に住んでいる。古木に属する桜の木が多い。春になると競ったように各場所から花が咲く。戦場では明日の命が分からない若者の心情に寄り添い、慰めたことだろう。
 平成18年の内閣主催の「桜を見る会」に出席した時、当時の小泉純一郎総理は、細川ガラシャの辞世の句「散りぬべき時を知りてこそ世の中の花は花なれ人は人なれ」を引用して挨拶をした。秋に総理退陣を予定していた心の内を含んでいた。風に乗って飛ぶ八重桜の花びらがさわやかだった。

 清水嘉与子元環境庁長官の政策秘書をされた長濱晴子さんという元看護師さんがいる。彼女は、重症筋無力症という難病を患った。その闘病記録を、以前、『病いから看えるもの』というタイトルで自費出版された。先月も医学書院から『看護は私の生き方そのもの』を出版、いずれも送っていただいた。
 率直な筆致でその日のうちに通読した。何とか病を克服しようと懸命な努力。そのエネルギーには圧倒される。私などは生ぬるい生き方をしていると反省させられた。
 彼女は、有効と考えられる東西の治療法を積極的に取り入れた。それが効果を示し、現在では内モンゴルでの植林活動にご主人とともに携われるくらいに回復された。その一つに気功法がある。早朝、桜の木の下で行うと一層効果があったという。桜から特別な何かが発せられたのだろう。

 桜の魔性は、古代から言い伝えられている。むやみに伐採するとその家に死人が出るとも聞いた。桜は、日本人の日常の生活や人生を励ましたり、慰めたりしている。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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