社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2014.12.08

第23回 芸術は社会を変えられるのか

 歌劇『天空の町』は、別子銅山精錬所の四阪島への移転を決断した伊庭貞剛の一生を描いた作品である。国際的に高く評価されている石多エドワードが台本・作曲・監督を行った。今年春から全国各地で公演されている。
 この作品の話を聞いたとき、私は、「今の時代こそ、これは必要だ」と感じた。地球温暖化は急激に進む。生物の種の絶滅速度は速くなった。このまま推移すると、人間も含めた地球上の生物の危機は、遠くない。しかし、最近の日本人は、危機意識が本当に希薄だ。

 四阪島への移転は、日本の環境対策の原点と言える。富国強兵が国是であった明治の時代、あえて当座の利害を度外視して人間の命や森林を守るために断行した。誰にもできない決断だった。世界を眺めても類例は、少ない。
 私は、ぜひたくさんの人に観賞してもらいたいと、歌劇『天空の町』の公演を支援している。8月のポルトガル公演も大成功だった。歌劇によって、楽しく企業、環境、社会の関係を学んでほしい。

 能楽を大成した世阿弥は、たくさんの人に能楽を楽しんでもらえることを基本にした。彼の言葉である「衆人愛敬」は、これを如実に表す。室町時代の権力者である歴代の足利将軍の庇護を受けることも興行の拡大に必須だった。能楽を誰にでも親しまれるよう工夫を凝らした。
 ただ、これで終わっては、後世までに伝わる芸術には昇華しなかっただろう。「幽玄」を能楽の中核に据えた。将軍や大衆から親しまれつつも、凡人に到達しえない境地を示した。賤民階層出身だった世阿弥の真の狙いは、これだったと私は、考える。当時の貴族から蔑(さげす)まされ続けた世阿弥の芸術家魂の発露である。
 71歳と高齢になった世阿弥は、突然、足利義教によって佐渡に島流しにされた。理由は、明確ではないが、私は、一人の芸術家が最高権力者に危機を感じさせたことに注目する。

 秀吉と千利休の対立も同様である。一人の茶人を死に追いやらなければならないほど、秀吉は何を恐れたのか。茶室ではすべての人が対等である。秀吉には理解が及ばなかったのだろう。自分の出世物語の能を作らせ、自ら舞った秀吉の行為は、世阿弥の世界とはかけ離れていた。

 いつの時代にも芸術の力は、底知れない。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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