社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2015.02.10

第25回 北陸新幹線開通

 新幹線は、人々の生活を大きく変えた。
 私の某大学院の教え子の一人が、群馬県の大学に教員として就職した。結婚して仙台市で暮らすが、毎日、新幹線で通勤した。肉体的にハードだったと推測されるが、仙台市の大学に転ずるまで5年以上は続いただろうか。体力、精神力には驚嘆したが、これを可能にしたのは、新幹線のおかげだろう。
 宇都宮から厚生労働省、品川から静岡県庁など新幹線通勤を耳にしても驚かない時代になった。私たちの行動範囲は、飛躍的に拡大した。

 私が高校まで生活した富山県高岡市を通る北陸新幹線は、3月14日に開通する。1月末東京で、高橋正樹高岡市長は「新高岡駅に『かがやき』(停車駅が最少)は、臨時列車の停車が決まった。さらに本格的な停車に移行してもらうように懸命に努力中」と話した。首都圏の人は、大いに新高岡駅を利用して欲しいと訴えた。

 大学時代4年間、夏休みは高岡で過ごし、高岡駅から夜行列車で東京に戻った。床に座る人もあるほど、満員が普通だった。2人掛けの堅い座席では眠れなかった。上野駅に着くと、ずっしりとした疲労感がにじみ出て、太陽の陽射しがまぶしかった。
 上越新幹線が開通し、越後湯沢駅経由が利用できるようになると、格段に楽になった。それでも冬期は、雪や強風で在来線からの乗り継ぎがうまくいかないことが時々生じる。北陸新幹線が開通すると、この心配がなくなる。東京駅と新高岡駅間は、臨時の「かがやき」で2時間28分に短縮される。

 私は、高岡市から高岡市観光親善大使を任命されている。高岡市で生活していたころは、高岡の良さは分からなかった。離れると、高岡市は、タイムカプセルのように、まち全体に城下町の姿が残されている。幕府の1国1城令によって壊された城址の公園、二つある重要伝統的建造物群、鋳物技術の粋を極めた高岡大仏など、江戸情緒が漂う。
 新高岡駅から北へ向かえば、氷見や能登、南に向けば、五箇山や白川郷へと、魅力一杯である。
「高岡市の興廃、この新幹線にあり」と私は、叫んでいる。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE