社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2022.11.01

第117回 最後のウオーキングシューズ

 健康のためウオーキングをすることが、長年の習慣である。
 現在使用しているウオーキングシューズは、15年以上前に購入したもので、歩きやすく丈夫だった。それでも最近になって底が擦り切れて、使用に耐えられなくなった。水たまりに踏み込むと水が浸み込んできた。
 この15年間は、毎日1時間は歩いた。休日は、緑豊かな自然の中を4時間も歩いた。シューズが限界になったのも当然だ。むしろ「こんなに長く持ってくれたものだ」といとおしい。
 妻は、数年前から「新しい靴を買ったら」と言い続けてきたが、「歩ける間は履くのだ」と頑固に貫き通した。
 新たに購入するウオーキングシューズも長く持ってくれるに違いない。私の年齢から今後の歩行時間を計算すると、私にとって最後のウオーキングシューズになるだろう。

 物を大切に使い、最後まで使い切ることが、身に付いた習慣である。小学生のころは鉛筆を、短くなってキャップをつけても手で持てなくなるまで使い切った。母親が他の兄弟と比べて「偉いね」と褒めてくれたので、この習慣は、一層強固になった。
 ノートも最後のページまで使い切った。未使用のページが残っていると、気持ちが落ちつかないので、そのページは切り取って、手製のノートを作った。
 年齢を重ねてもこの習慣は続いている。
 洋服も流行を追うことは、全く眼中にない。ネクタイも一本あれば十分だと思っている。これを見かねた妻は、今では自分の見立てで私のためにスーツやネクタイを買ってくるようになった。

 41年前に亡くなった父も同様だった。父を写した写真は、数枚しか保有していないが、スーツはどの写真も同じだ。街で販売業を営んでいた父は、スーツを着る機会が限られていたので、生涯1着だけで十分だったのだろう。グレーの地味な色で、ネクタイも1本だけだった。
 家計に余裕がなかったためもあったが、昔の人は、物を大切にし、使い切った。

 体も一つしかなく、取り換えはできない。私は、体を大事にして最大限長く「使って」いきたいと思う。物を大切にするのと同じ気持ちで。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE