社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2023.01.31

第120回 梅の花

 2月に入ると、梅の花が咲き始め、心地よい香りが一面に漂う。桜の花は、大勢の人の関心を集め、にぎやかで騒々しくもあるが、梅の方はひっそりと咲く。この慎ましさや気品が私の感性に合う。
 2月に咲き始める樹木は、少ない。道を歩いていると、遠慮するように木々の間に隠れて咲いている木がある。近づくと、梅の花であったりする。今は寒いけれど春の訪れが近いと感じさせてくれる花である。昔の人は、2月を梅見月と名付け、愛(め)でたのだろう。

 梅の花は、私を幼いころの世界に誘ってくれる。
 私の故郷である富山県高岡市でも梅の花が咲いていた。町の中心に射水神社という市民から崇拝される古くからの神社があった。その境内に梅の木が植えられていた。桜の花見の季節と違い、わざわざ訪れる人はまばらだった。梅の花を本当に愛でる人に限られたが、その方が梅の花にはふさわしかった。
 今年ももうしばらくすると、私が住んでいた60年前と同じように花が咲き始めるだろうか。

 元号「令和」は、大伴旅人の万葉集の和歌が由来だが、太宰府での梅花の宴の情景を描いたものだった。
 その子、家持は国司として現在の高岡市を中心とする越中に赴任した。家持も越中の国で梅を題材にした次のように名歌を残している。

 雪の上に 照れる月夜(つくよ)に 梅の花 折りて贈らむ 愛(は)しき子もがも

 
 小さいころお祭りのようなハレの日には母が、梅の花をかたどった小さな和菓子を買い求めてきた。特別なお祝いの時だけ紅白それぞれ1個ずつ食べた。ぱりっとした皮の中に餡(あん)が入っているだけの素朴なお菓子だったが、子どもには格別、美味(おい)しかった。
 母は自分では食べないで、うれしそうに食べている子どもたちの顔を見つめていた。
 梅の花を見ると、お菓子の名前は忘れてしまったが、自然と母とあの紅白のお菓子を思い出す。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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