社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2024.06.05

第136回 正しい姿勢

 都内で歩く人の半数以上は、頭を下げてスマホを見ながら歩いている。後ろから見ると、前かがみでのろのろと歩くので、「スマホを見ているな」と察しがつく。
 看板などにぶつかりはしないかと、見ている方がひやひやする。当人は、周囲の様子に気を配っているのだろうが、熱中すると思わぬ事故が起こる。
 前かがみの姿勢も気にかかる。背中を伸ばして遠く前方を見てさっさと歩くのが、健康に良い方法だが、前かがみだと内臓を圧迫し、健康に悪影響を与える。歩きスマホの姿勢が、くせになり、日常生活でも同じようにならないだろうか。

 私は、歩きスマホはしないが、歩く姿勢が悪い。小さいころからの習慣でついた猫背のためである。
 小学生時代から家での勉強の時に使用した机が原因だった。戦前からあった古びた座卓を勉強机に代用した。みかん箱の机で勉強したという話を聞くが、似たようなものである。
 高さが低いため、机にかぶさるようにして本を読んだり、字を書いたりした。自(おの)ずと背中が丸まってしまい、猫背になったのも仕方がない。学校の先生から「背中が丸い」といつも注意されたが、直らなかった。

 ある同級生の家に行くと、本人専用の勉強部屋に立派な机と椅子があるのには驚いた。これであれば、体形に調整された椅子に座って背中をぴんと伸ばして勉強ができる。
 しかし、羨(うらや)ましいとは思わなかった。当時は、戦後の復興から日が浅く、私と似たような同級生がたくさんいた。ある同級生の家に行ったら、障子が破れ放題の小さな部屋で、障害を持った兄など3人で寝起きしていた。机もなかった。それでも同級生は、卑屈にならず明るかった。

 テレビで姿勢が美しい高齢の俳優を見ると、「さすが名優だ」と感心する。毎日のトレーニングを怠らないのだろう。将棋の棋士が、背中を直立させ、正座で対局している姿も美しい。
 私は、社会に出てからは意識して背中を伸ばし、猫背にならないように気をつけるようになった。猫背では陰気に見えるし、健康に悪い。しかし、気を抜くと、いつの間にか体に楽な猫背になっている。子どもの頃についた猫背は簡単には改善しないが、日々の努力だけは継続していきたいものだ。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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