社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2016.01.05

第35回 自然の恵み

 私たちの日常生活は、自然との距離が広がる一方だ。
 ナビに頼って動くため、太陽の位置を意識しない。夜は、北極星を見つけようともしない。
 土の感覚も失っている。都内の小学生と一緒に植林活動したある日、奇妙な風景に出合った。すべての若い母親は、子どもが土を触るときにビニール袋で手を覆わせる。天ぷら屋さんが天ぷらを扱うのと同じ要領だ。
 国立青少年教育振興機構の調査では、自然との触れ合いと道徳観や正義観の程度の間には明確な相関関係があると実証されている。人間の心の成長には自然との触れ合いは、欠かせないのだ。

 北海道の自然は、海を渡って訪れた人を圧倒させる。特に静寂さが支配する冬期は、自然への畏怖を感じさせる。
 旧臘(きゅうろう=昨年12月)26日、知的障害者の就労施設を経営する佐藤春光さんの招きで、北海道白老町を訪れた。障害者などの就業のために私が設置活動を進めているソーシャルファームの研修会で話すためである。
 10年前から親交のある佐藤さんは、中学校の教師だったが、障害児は卒業後の進路がなく、自宅に閉じこもってしまうことを憂い、早期退職し、知的障害児・者のための小規模作業所を開いた。彼の熱意、構想力、行動力には、いつも圧倒される。

 北海道ではエゾシカによる農作物や樹木への食害が甚大になったため、北海道庁では毎年10万頭以上エゾシカを捕獲している。肉は、一部利用している。すでに佐藤さんは、障害児・者によってエゾシカ肉の缶詰の製造をしている。
 しかし、皮の利用は、進んでいない。私は、これを鞄や衣類などの材料にするのが、自然の恵みを最大限に生かす道だとずっと考え続け、関係者の協力を求めてきた。佐藤さんも、障害児・者の就業に役立つならば、と賛成してくれた。

 ポロト湖畔に立つアイヌ民族博物館にある「カフェリムセ」で昼食を食べた。当地に伝わるアイヌの伝統的料理が出された。鮭、ひえ、山菜など自然の恵みが材料で、健康食のうえ大変おいしい。
 アイヌの人たちは、自然との共生を生活の支柱に置いてきた。自然への畏怖を忘れず、満ち足りた暮らしを送ってきた。今日、私たちが忘れたものがそこにある。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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