社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2016.07.12

第41回 郷土を支える若者群像

 明治維新後、日本が速やかに近代化し、列強に肩を並べることができたのは、江戸時代の教育の蓄積のお陰である。アジア、アフリカなど途上国が先進国に侵略され、政治的、経済的に自立が困難だった最大の理由は、教育の貧困だった。これに対して日本は、各地に藩校や寺小屋が設立され、武士も庶民も子弟の教育に熱心だった。

 江戸時代の思想家である石田梅岩は、一般の商人を対象にして自宅で学問を教えた。梅岩の心学は、現代の企業の社会的責任と通じる倫理性の高い商人道を説くものだが、たくさんの商人が進んで学んだことは、奇跡的だ。
 私の郷里である富山藩には1773年に広徳館が設立された。運営費は、藩の財政に重荷になったが、教育の重要性を認識した藩主は、周囲の反対を押しのけて開校した。今日、「富山県民は、教育に熱心だ」と定評があるが、その伝統の形成には、藩校の功績もあるだろう。

 その名前を取った「平成広徳塾」が7年前から富山市で、地元紙の北日本新聞社の主催で開かれている。対象者は、県内の企業や役所から選抜された20代から30代の若者である。月に1回、5カ月間、富山県出身の経営者、官僚OB、映画監督などが講義を行う。
 私は、2年前から講師を引き受けている。今年は、7月9日に45人の若者に話した。知識を提供するよりも自分の経験を題材に人生や仕事の本質について語ることにしている。私のこれまでの大半の仕事の対象は、社会の底辺に暮らす人々であった。障害者、スラム、ホームレス、同和問題、刑務所出所者などの問題である。
 富山県は、住みやすい県のトップにランクされる。だから富山県ではこの種の問題に関心が向かないのではと心配したので、できるだけ具体例を挙げながら述べた。講義終了後には質問が数多く出された。やはり若い人の感度は良い。問題のポイントをしっかりとつかまえてくれた。
 
 私は、公務員時代を含め、仕事では常に自分の理想を追いかけた。これを貫くと、いつも大きな抵抗や障害に遭った。大きな代償を伴うが、そこで頑張れるかが人生の分かれ道だ。
 そんなことを熱っぽく話した。「ゆとり世代」と称される若者も、何かを感じてくれたに違いない。
こんな若者たちが郷里の富山県の明日を担ってくれると確信させた梅雨の土曜日の午後だった。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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