社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2016.06.13

第40回 奇跡のピアニスト

「にこにこ一般財団法人」理事長の浅野敬子さんのエネルギッシュな活動には、いつも驚かされる。途上国の子ども達の生活を向上させるため、石鹸(せっけん)を贈る活動中である。彼女のひた向きさに、たくさんの人が共鳴して応援を惜しまない。
 類は友を呼ぶ。先日、エネルギーあふれる西川悟平さんを伴って訪れてくれた。西川さんは、ニューヨークを拠点に活動しているピアニストである。日本のテレビ局の仕事で来日したという。話を聞くと、びっくりすることばかりだ。

 大阪生まれの西川さんが、ピアノの練習を始めたのは15歳である。楽器は、早ければ早いほど良い。少年時代が昭和20年代だった私たちの世代では、ピアノ、バイオリンなどを習う人はいなかった。せいぜいハーモニカくらいだ。楽器は、私の人生から無縁だ。
 比較的遅いスタートだった西川さんは、音大に進学、猛烈に努力し、腕を磨いていく。会社勤めをしながらもピアニストとしての夢を求め、努力を重ねる。これが彼の成功の秘訣(ひけつ)だ。来日していたアメリカ人の音楽の大家に認められて訪米、ピアノ演奏活動をしていた。
 しかし、人生が暗転する。突然、中枢神経系の難病ジストニアに罹(かか)った。医師からは、回復は不可能と告げられたが、懸命なリハビリを行った。ピアノの練習に励むことも病の克服に大いに役立った。大変な苦労があっただろう。その結果、動かせる7本指で演奏ができるまでになった。まさに奇跡である。現在は、カーネギーホールなどで公演を重ね、聴衆を感動させている。

 彼は、弱者に対してやさしい。経済的にゆとりはないが、路上で寒さに震えていたホームレスを見ると、日本から送ってもらった羽根布団を与えた。ある日、二人組の強盗に入られた。夜が明けるまで会話をした。彼らが犯罪に至るまでの暗い人生を知る。深夜だったが、彼らのためにピアノを演奏する。二人は、「これから無警戒にドアを開けるなよ」と説教して、何も取らないで去って行った。

 芸術は、人の人生を変える。私の座右の書であるヴィクトール・フランクルの「夜と霧」には、絶望的な収容所の中で芸術が生きる希望を与えたと書かれている。西川さんは、「今度来日するときは、済生会の病院で患者のために演奏したい」と言い残した。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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