社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2016.10.14

第44回 人生を書く

 昨年亡くなった児童文学作家の松谷みよ子は、坪田譲治から聞いた「人生を書きなさい」という言葉が、生涯の作家活動の推進力になった。松谷は、児童文学ではタブーとされた離婚や死もテーマにした。
 文学の主要なテーマは、人生だ。人は、昔から文学によって人生を学んできた。

 五木寛之が23年の空白を経て「青春の門」の連載を来年から再開すると発表された。
 五木が小説家としてデビューしたのは、私の大学生の時だった。月刊誌に発表された「さらばモスクワ愚連隊」や「蒼ざめた馬を見よ」を読んだとき、とにかく面白かった。ストーリーに起伏があり、意外な結末は、読者を楽しませた。滑らかな文章は、読みやすかった。すごい新人が現れたと思った。これらは、エンターテイメントを重視する小説だった。
 その後書かれた作品は、趣を異にした。「青春の門」「親鸞」「風に吹かれて」など小説やエッセイになると、苦難に満ちた人生模様が下地になっている。本当は、こちらの方を書きたかったのだ。休筆をして大学で仏教について研究したことも作品に深みを持たせた。84歳になった五木寛之は、再開する「青春の門」でどのような人生を描くのだろうか。

 私は、本欄でも自分の人生観を基礎にして執筆している。刹那(せつな)的に楽しいこともあったが、人生に付きまとう憂愁、社会の不条理に対する怒り、醜悪な人間関係による懊悩(おうのう)など、いろいろと考え込むことの方がはるかに多かった。

 先日、福祉新聞社社長の松寿庶さんと一緒にYさんという女性の訪問を受けた。Yさんとは、初対面である。このコラムに共鳴して私と話したいということだった。ちょっと気恥ずかしい気もしたが、うれしかった。
 本欄で書いている私の人生を読み取ってくれたようだ。私と感性が一致している。聞けば、私が数十年前に求め、今も愛読している井上靖の詩集を同じ新潮文庫で読んでいるという。

 私は、仕事でも自分の人生観を基礎に行なってきた。福祉において徹底した人権重視の姿勢は、私の人生観そのものである。私の社会的体験は、日本における福祉国家の本当のあり方を求めさせた。一人ひとりを幸せにすることのできない国家は、国家とは言えないと常に思っている。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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