社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2017.03.06

第49回 北欧の村上春樹

 村上春樹が『騎士団長殺し』を発表した。2巻からなる大作だ。いずれ翻訳されて、各国で読まれることだろう。

 3年前フィンランドを訪れたときに村上春樹が話題になった。 
 ヘルシンキから電車で2時間のタンペレからの帰路である。案内してくれたリンドバーグさんが電車の中で話した。
「村上春樹の小説の舞台になったのがこの駅ですよ」
 窓越しに見ると、ハメーンリンナという小さな駅だった。日本のローカル線で見かける中小都市の駅のようだ。一緒に旅行していた桑山和子さんは、「あの小説ね」と相槌(あいづち)を打って、私に『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という題名を教えてくれた。
 発売時にはベストセラーになったが、私は、読んでいなかった。リンドバーグさんは、村上春樹のいくつかの作品を読んでいた。

 帰国後この本を読んだ。高校時代に強い絆(きずな)で結ばれていた男女5人の仲間の一人だった多崎つくるを主人公に物語は、展開する。「卒業後も団結していこう」と約束する。しかし、ある日、多崎が突然、仲間外れにされる。多崎には理由が分からない。その謎を追って物語は、展開する。
 謎を解明すべく、多崎は、仲間だった恵理を訪ねる。彼女は、ヘルシンキに住んでいた。夏だったので、ハメーンリンナの別荘に滞在中だったので、その地が舞台になる。

 村上春樹が、なぜ舞台にフィンランドを選んだのだろうか。アメリカやフランスではまずかったのか。
 絶対にフィンランドでなければならなかった。恵理がフィンランドに移住したのは、高校時代の仲間との関係を完全に切って、別の人生を歩むためだった。日本と全く異質な世界を設定する必要があった。

 森林と湖の国で自然が守られてきたフィンランドは、都市化の進んだ日本とは異なる。フィンランド人は、シャイだけれど、外国の支配下に長い間置かれ、苦難を乗り越えた逞(たくま)しい精神力を持つ。人生をゆっくりと楽しむという人生観は、過労死が絶えない日本とは別社会である。
 こんなフィンランドは、人間として別の生き方を示している。村上春樹が選択したのもこれゆえではないだろうか。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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