社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2017.02.03

第48回 時間の感覚

 1月下旬の日曜日、JR大分駅の中にあるホテルに泊まった。出発まで3時間ほどあったので、駅周辺を目的もなく歩いた。
 新しい年に入って以来、休日を取ることができなかった。ゆっくりとした時間を過ごしたのは久方ぶりだ。日曜日のせいか、地方都市の人々の動きは、都会と比べ、せかせかしていない。ゆっくりと流れいく時間を感じた。

 1970年代にヨーロッパに出張した時、公園で所在なげにベンチに座っている高齢者をよく見かけた。高齢者の姿が寂しく思えた。当時、日本の識者は、「福祉が進んでも、ヨーロッパのように家族と同居しない高齢者は幸せでない」と述べていたのに同感したものだ。
 今では日本の公園でも見かけるようになった。しかし、自分が高齢者になってみると、このように過ごすのも一概に悪くない。ベンチに座ってこれまでの人生を思い出しながら、時間が刻むままに身を任せる。精神的には贅沢(ぜいたく)だ。

 時間の感覚は、人によって差がある。小学生の頃の夏休みは、長く感じた。1月余、様々な体験ができ、充実した毎日だったからだ。
 年齢を重ねるにつれ時間の速度は、急激に早く感じる。高齢者からは、「あっという間に時間が過ぎる」とよく聞く。変化が少ないからだろう。
 高齢者でも海外旅行に出かけ、刺激の多い時間を過ごすと、時間を長く感じる。4泊5日の旅程を終えて帰宅する。本人は、「楽しい旅行だった」と家族に旅行中の出来事を饒舌(じょうぜつ)にしゃべる。留守番をしていた家族は、内心では「もう帰ってきたのか」と思う。

 時間に気を使いながら生きるのは、窮屈だ。だから、30年くらい前から腕時計をつけなくなった。ただ飛行機の利用や講演の場合は、正確な時間が分からないと不安になる。そこで100円均一ショップで求めた腕時計を上着のポケットに無造作に入れておく。これで不自由はない。万一、落としても大きな痛手にならない。100円といっても3年間は、時間を正確に刻んでくれる。

 時計に頼らないで生活していると、体内時計の機能が成長するようだ。10分くらいの誤差で時間は分かるようになる。
 時計のなかった時代の人間は、みんなそうだっただろう。文明が発展するにつれ人間は、動物に備わっている能力を失っていく。子どもの頃に読んだ空想未来小説のように人間が歩かなくなって足が退化し、火星人のようになるのも案外、夢物語でないかも知れない。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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