社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju

2019.12.04 第82回 沈黙の廃城

 白鷺城(姫路城)や熊本城は、今も勇壮な姿を伝え、訪れる人を圧倒する。日本の建築美の象徴である。このような城も素晴らしいが、私は、建物は破壊され、石垣や堀のみが残った城跡を見るのも好きだ。
 城跡には公園を整備し、城を復元したところもあるが、私は、むしろ特別に手入れをせずに、放置された城跡に引き寄せられる。
 荒廃した城跡から栄華を誇った武将たちの思いを想像する。「盛者必衰の理(ことわり)」を重ね合わせる。どんな強大な権力者も、滅ぼされることもあり、いつかは必ず死ぬ。

 11月上旬に訪れた佐賀県唐津市の名護屋城も、全く建築物はなかった。名護屋城は、秀吉が朝鮮出兵の前線基地に築いた城である。大阪城に次ぐ規模だ。
 今は、壊れた石垣などが巨大な城だったことを伝えるだけだ。広大な城跡を草が覆い、巨石が随所に転がっている。
「なぜ戦略上、こんな巨大な城が必要だったのか」、「国内の大名に向けた示威行為だったのか」、次々に疑問が浮かぶ。
 そもそも秀吉の朝鮮出兵の意図が理解できない。国内の武力平定を終え、日本の頂点に立った後、朝鮮半島、中国、フィリピンをも支配するという途方もない野望を抱いた。今日でも共通する権力者が陥る落とし穴なのだろうか。
 静寂に包まれた名護屋城跡は、絶対的な権力の座に上り詰めた者の末路の無常さが漂う。

 別の意味で強い興味を感じた廃城は、スコットランドのネス湖に面したアーカート城である。
 ネス湖を訪れたのは、37年前の晩秋だった。いかにもネッシーが出そうな雰囲気である。その日は、大変寒く、空は、スコットランド特有の暗さだった。観光客は、まばらである。
 どんよりした空の下、湖水の透明度は低く、周囲は、針葉樹が鬱蒼(うっそう)と茂っていた。ネッシーがいまにも湖面から頭を持ち上げそうである。
 ネス湖の湖畔に立つアーカート城は、13世紀に建築されたが、17世紀には破壊された。今でも崩れたままの城壁の一部が残されている。この廃城が、ネス湖の暗さと融合し、不気味な雰囲気を醸し出している。
 この城も、権力者たちの闘争の歴史を見つめてきた。どの廃城も人間の性(さが)を沈黙のうちに伝えることでは、古今東西変わらない。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。