社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju

2020.01.07 第83回 それでも私は立ち上がる

 最近、年賀状を出す人が減少しているらしい。
 若い人は、メールで済ませる。そもそも年賀状の交換に関心や意義を感じない人が、増えているのだろう。
 終活として年賀状を辞退する高齢者が、目立つようになった。毎年、年の暮れに年賀状を書く負担を思うと、気持ちは分かる。今年もこのような添え書きをした年賀状が送られてきたが、ちょっと寂しい気持ちになる。
 この種の年賀状をいただいた人との音信は、それ以降ぷっつりと途絶え、噂(うわさ)も耳にしない。社会とのつながりが薄くなり、孤立しているのではないかと心配するのは、余計なお世話というものだろうか。
 高齢者には生物的寿命、健康寿命、社会活動寿命の三つがそろって長いことが大切だと思うが、このうち社会活動寿命の短縮が懸念される。

 毎年、励まされる年賀状を何枚かいただく。
 私より10歳ほど若いA氏からのものもその1枚である。A氏の息子さんは、文武両道に優れ、将来を嘱望されていた。有名大学に進学し、ラグビー部に加入したが、練習中に頭を強打した。生命の危機は脱したが、脳の機能が損傷し、言語機能を失い、寝たきりの状態になってしまったという。
 医師から人との意思の疎通は、一生できないと告げられたが、A氏は、諦めなかった。どんな重症でも意思の交流は、可能な方法があるという研究者の存在を知り、遠路訪ねて、助言を受けた。今では両親との意思の交流が、かなり可能なまでに回復した。
 その経過を毎年の年賀状に手短く伝えてくれる。筆舌に尽くし難い苦労があったことだろう。不可能を可能にしたA氏の努力にいつも感銘を受ける。

 「それでも私は立ち上がる」
 人種差別と闘った詩人で歌手だったマヤ・アンジェロウの詩である。
 クリントン大統領の就任式で自作の詩を朗読するまでの社会的地位を得たが、彼女の人生は、苦難の連続だった。この詩には、彼女の人生が結実され、読む人に感動と勇気を与える。

 実現困難な理想に向けて挑戦する人に対して、一般社会が、ときに冷笑を浴びせ、抵抗を示す。実利優先の現代社会ではこのような挑戦者は、珍しくなったが、今日ほど理想の火が、必要になっている時代はない。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。