社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2020.12.02

第94回 金銭感覚

「一本でお願い」と寄付を頼まれると、はたと戸惑う。その場の雰囲気で金額を察せられることが多いが、確信が持てないことがある。
 ネットで「一本とはいくらですか」という質問が寄せられているが、私と同じような疑問を持つ人がいるらしい。水商売の世界では、一本とは100万円を指すとの回答もあったから、うっかりと引き受けるとまずいことになる。その他1万円だとか、中には1千万円というのもあった。
 こんな時に頼りになるのは、「日本国語大辞典」(小学館)である。江戸時代は、一本とは一文銭あるいは四文銭をつないだ銭差し一本の意味で、百文または四百文である。さらに転じて百両を指すことになる。一両は、コメの値段で計算すると四万円だから、百両は、四百万円と高額になる。さらに明治以降は、百円、千円、一万円などを指す隠語となったという。
 このように特定の金額ではなさそうだ。現実的にはその場の環境や条件で決まるのが、模範解答だろうが、当事者の金銭感覚が大きな影響を受けるのではないだろうか。

 冠婚葬祭で包む金額も難しい。親しい人でないと、教えてもらうのを躊躇(ちゅうちょ)する。しかし、長年の経験でおおよその見当は、つくようになる。最近は、ネットで検索すると、情報を得ることができるが、地域差や相手との関係などでかなり差があるので、全面的には頼れない。首を傾げる情報も結構混じっている。
 最近、お寺へのお礼の額で悩む場面が時々起きた。値段があってないような世界だ。相場の見当がつかない。経験者がいない場合は、家族や親族で相談するしかない。これも自分の金銭感覚が基本になる。

 貧困の家庭で育ち、お金に縁がなく過ごしてきたので、おのずと質素な生活に慣れている。この方が私にとってむしろ快適だった。鉛筆は、短くなってもキャップをつけて限界まで使うことが習慣だった。今日でいう3Rの実践者である。これが金銭感覚にも影響している。
 バブル時代の日本人の行動は、異常だった。いつも顔が上気し、頭の中にマネーしかない人が周りにたくさんいて、嫌な雰囲気だった。高額の商品の方がよく売れた。タクシーは、近距離だと露骨に嫌味を言われた。

 新型コロナの発生前にもバブル時代を想起させる人物が、目立つようになった。新型コロナウイルスは、人間の飽くなき欲望による無秩序な開発によって出現した。人間の欲望の制御について冷静に考えるべき時代ではないだろうか。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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