社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju
2020.11.02

第93回 音楽で思い出す自分

 9月下旬の週末、大阪に出かけた。岸和田市のFM放送「ラヂオきしわだ」に出演するためだ。当日は30分の2回分を収録し、放送は10月上旬だった。
 「ラヂオきしわだ」局は、駅前の古いビルにあった。スポンサー収入に頼るラジオ局の経営は、さぞ大変だろうと思った。番組制作の主力は、会社の退職者などのボランティアが担っていた。退職前にこの分野の仕事をしていたわけでない。まちの情報を伝え、住民のつながりを深めたいという気持ちからだろう。手作り感があふれる放送局だった。
 司会者の質問に答えていく形式で録音は、進められた。話題は、私のこれまでの仕事や社会活動、済生会のコロナ対策だった。事前に綿密な打ち合わせをせずに、会話の流れに任せた。時間の制約で言い足りないこともあったが、予定通りにきちんと終えた。

 番組の中で私の好きな曲を流すというので、「ララのテーマ」と「ある愛の詩」を選んだ。いずれも映画音楽だが、映画を見た当時の私の状況を思い出させる。
 「ララのテーマ」は、パステルナーク原作の「ドクトル・ジバゴ」のテーマ音楽だが、ロシア革命に翻弄される人間像を描く。「ララのテーマ」を聞くと、壮大なロシアの雪原を背景に人間の運命を考えさせられる。当時の日本は、大学紛争やベトナム反戦運動で荒れていた時代だった。
 「ある愛の詩」は、シンプルなストーリーだが、フランシス・レイの曲は、感傷的で美しい旋律である。映画は、大ヒットしたが、妻と交際している時に日比谷の映画館で見た。当時の状況と映画の内容が重なっている。
 このほか、「ひまわり」のテーマ音楽や「卒業」の「スカボロー・フェア」もいいと思った。「ひまわり」は、ソフィア・ローレンの代表作だが、第2次世界大戦の悲劇を描く。「卒業」は、青春の多感な感情の起伏を表していた。どれも20代の私の心に響いた映画だった。

 古関裕而をモデルにしたNHK連続テレビ小説「エール」で、「鐘の鳴る丘」と「長崎の鐘」が続けて取り上げられた。幼いころの敗戦後の社会の混乱を思い出させる曲だ。
 当時、親を亡くした子どもや毎日の食事に事欠く子どもが、たくさんいた。「鐘の鳴る丘」は、当時の記憶を呼び起こさせる。現在のような不安定な時代が続けば、今後同じような悲劇が再現すると心配するのは、杞憂(きゆう)とは言えないだろう。
 小学3年の夏休みに地元の富山大学の学生グループが、お寺で映画会を開催した。映画終了後、学生は、原爆の悲惨さを説明し、「長崎の鐘」と「原爆を許すまじ」を歌った。私が被爆者問題を考えるきっかけになり、その後の仕事につながっていった。

 音楽の伝えるメッセージは、頭ではなく心に溶け込んでいく。時に記憶を呼び起こし、慰められたり、励まされたりする。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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