社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)
済生春秋 saiseishunju

2015.07.10 第30回 地震の記憶

 「昨夜はベッドから飛び起きたよ」と興奮冷めやらぬ表情だった。
 15年前に社会福祉の権威者である英国貴族院議員など英国人を講演に招いたときのことである。「そういえば、昨夜は小さな地震があったなあ」と思い出すのに時間がかかる程度の地震だったが、地震のない英国人には珍しい体験だったに違いない。まして初めて訪れる異郷の地であったから、恐怖心も尋常ではなかったのだろう。きっと終生忘れない経験になったはずだ。

 日本人であれば、誰もが地震についていくつかの記憶を持っている。
 私の地震に関する記憶は、昭和23年の福井地震に始まるのではないかと思っている。当時は2歳だったから、記憶しているとは言い切れない。
 私は、富山県高岡市にあった自宅で寝ていたが、私を部屋に残したまま、家族が一斉に外に飛び出した。ただならぬ騒ぎで目を覚まし、この時の緊迫した状況が、覚えているような気がするのである。
 福井地震は、戦後3番目に位置づけられる規模の地震だった。80キロ離れた高岡市も大きく揺れたので、2歳を過ぎた幼児の記憶に刻まれたと思っている。

 平成7年の阪神・淡路大震災は、公務員としての仕事に関連して記憶している。震災発生の2週間後、現地を訪れて愕然(がくぜん)とした。道路はズタズタ、1階がガレージの鉄筋のビルは、ぐっしゃりと潰れていた。しかし、住民が黙々と後始末をし、たくさんのボランティアが懸命に動いていたのは、感動的だった。東日本大震災の時も言われたが、災害時の日本人の落ち着いた行動が内外から称賛されているのも「なるほど」と理解できる。

 「天災は、忘れた頃にやってくる」は、寺田寅彦の有名な名言だが、今は忘れないうち災害が発生するようになった。
 私は、非常時の持ち出しのためのリュックサックを購入して、災害時に備えることにした。非常時に必要な物品を詰め始めると、量は次々に増えていく。3日間は過ごせるようにと食料、水、下着、薬品、ラジオ、トイレットペーパー等々、膨大になり、リュックサックは膨れ上がる。背負ってみると、肩にズシリとくる。これでは非常時には俊敏に行動ができないのではと心配になったが、荷物を絞ることも難しく、そのままになっている。

 以前は「その時になれば何とかなる」と思っていたが、災害への用心を整えると心が軽くなったような気がする。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。