社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)社会福祉法人 恩賜財団 済生会(しゃかいふくしほうじん おんしざいだん さいせいかい)

済生春秋 saiseishunju
2015.08.10

第31回 オペラからの伝言

 幼いころから音楽は、苦手だった。小学生の時クラス全員による合唱の発表会を間近にして練習に熱が入った。私は、他の級友よりも大きな声で元気よく歌った。2、3回の練習を終えたとき、「炭谷くんは、声を出さないでいいから、口をパクパクと動かしていて」と担任の先生から通告された。それ以来、音楽に対する絶対的拒絶反応で固まった。

 困難な何事にもチャレンジすることを大学時代の信条にしていた。苦手の音楽を根本から克服しようと思い立った。声楽を発声法やソルフェージュ(読譜や聴音など音楽教育の基礎)の初歩から個人レッスンで半年間受けたが、無駄だった。音楽の力は、幼少時に決定するようだ。

 こんな私に、石多エドワードさんから最新作のオペラ「天空の町」の公演を各地で開催するための会の発起人になってほしいと依頼があった。エドワードさんは、国際的に評価されているオペラ作曲家・演出家である。「天空の町」は、別子銅山の鉱害対策に力を尽くした伊庭貞剛の半生を題材にした作品である。昨年8月にはポルトガル・リスボンで公演し、好評を博した。
 オペラにはずぶの素人だが、環境問題であれば少しは役に立てるかもと、引き受けた。
 8月5日、別子銅山のある愛媛県新居浜市で「天空の町」を市民にPRする集まりが開催された。私は、「別子山を語る」という演題で講演をした。

 伊庭貞剛が支配人として赴任したころの別子銅山では、精錬所から排出される亜硫酸ガスによって周辺の山林や農作物に深刻な被害が発生し、住民からは、激しく抗議がなされていた。伊庭は、会社の利益を度外視し、精錬所を無人島の四阪島へ移転するとともに、毎年100万本の植林を行った。会社の内部からの、無駄な投資だという強い反対論を押しのけての英断だった。補償金で済ますのでなく、長期の視点から住民の利益に重きを置いた。
 現在、山は、豊かな緑をたたえる。富国強兵政策が推進された110年前の時代において、今日でいうCSR(企業の社会責任)を突き通したと言えよう。

 新居浜市での集まりでは、エドワードさんを中心に「天空の町」の主要な場面が演じられた。アマチュアの人や子どもたちも歌った。このオペラは、楽しみながら環境の重要性や企業のあり方を学ばせてくれる。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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