済生会は、明治天皇が医療によって生活困窮者を救済しようと明治44(1911)年に設立しました。100年以上にわたる活動をふまえ、日本最大の社会福祉法人として全職員約64,000人が40都道府県で医療・保健・福祉活動を展開しています。
済生会は、405施設・437事業を運営し、66,000人が働く、日本最大の社会福祉法人です。全国の施設が連携し、ソーシャルインクルージョンの推進、最新の医療による地域貢献、医療と福祉のシームレスなサービス提供などに取り組んでいます。
主な症状やからだの部位・特徴、キーワード、病名から病気を調べることができます。症状ごとにその原因やメカニズム、関連する病気などを紹介し、それぞれの病気について早期発見のポイント、予防の基礎知識などを専門医が解説します。
全国の済生会では初期臨床研修医・専攻医・常勤医師、看護師、専門職、事務職や看護学生を募集しています。医療・保健・福祉にかかわる幅広い領域において、地域に密着した現場で活躍できます。
一般の方の心身の健康や暮らしの役に立つ情報を発信中。「症状別病気解説」をはじめとして、特集記事や家族で楽しめる動画など、さまざまなコンテンツを展開しています。
4月は、新入社員でビジネス街がにぎやかになる。私の職場である東京・三田では大企業が軒を並べるので、東京タワーをバックにして新入社員のグループが、嬌声(きょうせい)を上げながら写真を撮っている。明るく屈託がない。どんな人生が彼ら彼女らを待ち受けているだろうか。
53年前、私もそんな時代があったのだ。ただ私は、大学紛争のため卒業が6月に延期され、7月に旧厚生省に入省した。同期は、11名だったが、今の新入社員と違い、一癖も二癖もあるむさ苦しい男ばかりだった。私は、1週間ぐらい前に買った安物の背広を着て初出勤した。
その後の国家公務員としての歩みは、各々、様々だった。
私の時代は、中途退職は例外的だったが、今は珍しくない。私が関係しているある団体では、入社したその日に「嫌になりました」と言って辞めていった男もいた。
10年ほど前に環境関係の中小企業の社長に頼まれて、新入式に出席したことがある。小規模な会社にしては予想外にも有名大学卒業の数名の女性が入社した。新設された調査研究部門に勤務するためだ。私も同社が大きく発展するだろうと、激励を込めて祝辞を述べた。
しかし、数年後彼女らの姿は、消えていた。入社前に描いていた思いと現実の職場とは、違っていたのだろうか。
最近、中央官庁でも中途退職者が多いと伝えられている。私の年代には想像できないが、残業時間が長く、仕事にやりがいを感じないためだという。
局長時代の50代半ばまでは、11時を回って帰宅することが珍しくなかった。病気にならなかったのは幸運だった。それでもなにがしかの充実感はあった。
しかし、今の現役の人は、非生産的な雑務に忙殺されるらしい。人生の価値観も変化している。
人は、仕事での小さな経験の積み重ねによって成長していく。職場で嫌なこともあるだろうが、隣の芝は常に青く見えるし、青い鳥は意外に見つからないものだ。
山本五十六の「苦しいこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣きたいこともあるだろう。これらをじっとこらえてゆくのが男の修行(一部省略)」の名言のように我慢をすることも大切だと思うのは、もはや時代遅れの典型か。
1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。